―――星の数ほど人がいて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――人の数だけ出会いがある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして……別れ……

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ

時をかける者達

 


Original writer ― Tatsuo Satou

 


The writer ― Naoki Nagumo 

 

 

 


 

 

 


プロローグPart0

 

 

 

――火星極冠遺跡――

 

 

 

 


漆黒の闇を染める紅い、朱い血。
それは辺り一面に華を咲かせ、昏い世界を鮮やかに染め上げる。

漆黒の闇に木霊する叫び。
それは辺り一面に轟き、虚しく闇へと還る。

残ったのは獣の息遣いのみ。

――否、それは獣では無く、闇。言い換えるなら死神……といった処だろう。

平和な日常を、愛する者を奪われ、修羅の道に入り死神となり漸く叶った復讐劇。
度重なる死闘、殺戮の末、死神はその命の灯火を僅かとしていた。

――彼の者の名は、テンカワ・アキト――

 


「はぁっ、はぁっ……これで、後は遺跡か……」

永かった復讐に、漸く終止符が打たれた。
俺から総てを奪った北辰との決着が着き、今しがた総ての元凶であるヤマサキも滅ぼした。
草壁も失墜、逮捕され、残るは残党軍のみだ。

『アキト……イネスがユリカと遺跡の結合を解いたよ』

ラピスからユリカ救出成功がリンクを通して報告される。

『そうか……。ラピス、すまないが少しユーチャリスで待っててくれるか?』

『……わかった』

ラピスは不安そうにそう答えた。

『大丈夫、俺はラピスを置いてどこかに行ったりなんてしないよ……』

五感を失い、歩く事もままならなかった俺だが、ラピスとのリンクのおかげで多少ではあるが五感を取り戻すことが出来た。
しかし、メリットが生まれると同時にお互いの感情や考えていることがわかってしまうというデメリットも生まれた。
俺は訓練によりそれを漏らさないようにできる様になったが、感情が昂ると警戒が緩んでしまう。

――まだまだ、精進が足りないようだな――

自分の未熟さを再確認すると、俺はルリ達と最後の別れをする為にジャンプの準備を始めた。

――遺跡もルリちゃん達が奪還した。
  後はルリちゃん達と別れ、火星の後継者どもを滅ぼすだけだ――

正直、彼女を悲しませたくない。
ならば彼女の許に帰るか、黙って行くのが正しい選択だろう。
俺がそれを出来ないのは――

「未練……かな」

呟き、そして愚かだと考える。
今更彼女達の元へ戻る事など叶わないのだ。

――俺は、闇なのだから。
眩いほどの輝きを放つ彼女達の元へ、闇が混ざる事は出来ない。

未だに甘さが残っていると自嘲すると、アキトは今後の行動を考え始めた。
しかし数分が経ち、ジャンプ準備完了のアラームが鳴ると、気持ちを切り替え、思考をクリアにする。

「……それじゃあ、いってくる……」

アキトはラピスにそう告げると、目的地のイメージを開始する。

「……ジャンプ」

 

 

――遺跡前――

遺跡内部からユリカを捕らえていたジャンプユニットを回収する事が出来たルリ達は、イネスの協力の下、ユリカとユニットの分離に成功し、目を覚ますのを待っていた。

――どれくらいの時が経っただろうか、漸くユリカの瞼がゆっくりと開かれた。

「みんなぁ……老けたね……」

「「「よかったぁ〜。いつものボケだ〜」」」

目覚めた瞬間から何時ものボケをかますユリカに全員が呆れながらも、3年前と何も変わっていないユリカに一同は安心した。

「私……夢をみてた……」

――そうだ、私はアキトの夢をみてたんだ。
……そうだ、アキト、アキトは――――?

「……アキト、アキトはどこ?」

この場にいる全員が何も言えなかった。
例え言えたとしても何といえばいい?『アキトは艦長を助ける為にテロリストになりました』などと口が裂けても言えるわけがない。
そう、例えアキトが火星の後継者の被害者であって、奪われた者を取り戻す為に戦ったとしても、彼のやった事はテロ行為に過ぎない。
そもそも、そんな事を言えばショックのあまりユリカは再び眠りにつくかもしれないのだ。

暫しの沈黙が訪れた後、ルリ達の後ろに光が集まりだした。
その場にいる全員が光の方を見る……出てきたのは鎧を脱ぎ捨てた、先程までブラックサレナという名だった機体。
かつてのアキトの愛機と同じピンク色のエステバリスカスタムだった。

「ア……アキトさん……」

「…………」

アキトは機体から降りて、何も言わずにこちらに向かって来る。

「アキト!?ルリちゃん、アキトがここにいるの!?」

ユリカはまだ体が思うように動かないようだが、既にいつものペースに戻っているようだ。

「はい、ユリカさん。アキトさんは今こちらに向かっていますよ」

一歩、また一歩と、アキトは少しずつユリカに近づいてくる。
そしてとうとうユリカの所にたどり着いた。

「……ユリカ」

「ユリカさん、わかりますか?アキトさんが来ましたよ」

誰もが待ち望んだ二人の再会……囚われたお姫様を見事に取り戻した王子様。
二人は無事、再び元の生活に戻れると……この場にいる全員がそう思った。

――だが、無情にも再び運命の女神はその思いを打ち砕いてしまう。

「……すみません、どちら様でしょうか?」

「「「「「「――え?」」」」」」

この場にいる全員がその言葉の意味を理解できなかった―いや、理解できるはずがなかった。
ユリカが最愛の夫『テンカワアキト』を忘れるなんてことを思いもしなかったから……。
そもそも、一体誰がこの様な事を予想出来ただろうか?

「な……なにを言っているんですか? この人はあなたの夫のアキトさんじゃないですか」

「やだなぁルリちゃん、アキトがいくらゲキガンガーが好きだからってそんなカッコするわけないじゃない。
 それにね? 私の王子様のアキトはもっと優しくてカッコいいんだよ? だからアキトはそんな怖い人なんかじゃないよ」

この言葉を聞き、誰もが自分の耳を疑った。
アキトが復讐鬼になってから再会したミナトでも、それがアキトだということがすぐにわかったのだから……。

「あ〜っ!! わかった、その人ルリちゃんの彼氏さん!? ごめんなさい、私ったらさっきからひどいことをいってしまって。も〜っ! ルリちゃんもすみに置けないね!」

ユリカがお得意の思い込みによる自己完結で話を進める中、ルリはなんとか彼がテンカワアキトだということを解らせようと一人、ユリカの説得を続けた。

「だからユリカさん!この方がアキトさんなんですっ!」

「ほぇ〜!ルリちゃんの彼氏さんもアキトって名前なんだ〜」

既に誰も言葉を発することができない中、ルリを止めたのは意外にもアキトだった。

「もう……いいんだよ、ルリちゃん……」

「なにが……なにがいいっていうんですか!? アキトさんはそんなになってまでユリカさんのことを助けたのに、こんなの……こんなのあんまりですっ!」

「ルリルリ……」

目尻に涙を溜めながらも、ルリは叫ぶ。
それは彼女が始めて感情を爆発させた瞬間だった。

「ユリカのことはもういいんだ……。だから、最後に言っておきたいことがある」

「……なんですか?」

「俺は火星の後継者を滅ぼしたら、必ず帰ってくる。だから……俺のことを探すなんてことはしないでくれ……」

「……本当ですか?」

「ああ、本当だ」

『アキト!?』

ラピスが今の会話を聞いて驚いたのかリンクを通して話しかけてくる。

『大丈夫だよラピス。帰るときはラピスも一緒だよ』

『本当? アキトは私を置いて行かない?』

『ああ、心配しなくても俺はラピスを置いてどこかへ行ったりなんかしないよ』

「……わかりました。でも、必ず……帰ってきてくださいね」

「……ああ、約束する。それと、その時はラピスも一緒に頼むよ」

「はい、わかりました。……気をつけてくださいね」

「……すまない。それと、ユリカを頼む」

アキトはそういい残したあと再びエステに乗り、ユーチャリスに戻っていった。

――ルリちゃん達には……すまないことをしたな――

俺はいったい、何時から嘘を平気で吐けるようになってしまったのだろうか。
それも世界で最も大切な人たちに対して……。

「……アキト、ジャンプの準備ができた」

アキトがブリッジに戻ると、ラピスがジャンプ準備完了を教えてくれた。

「そうか、ありがとうラピス」

目標地点は、ネルガル重工月基地ユーチャリス専用秘密ドック。
ここはボソンジャンプでしか入ることができない特別製のドックだ。
アキトは一旦ここで補給をして火星の後継者の残党狩りをするつもりだった。

「それじゃあラピス、行こうか。……ジャンプ」


――再び遺跡前――

 

「さよ〜なら〜」

「でも……本当に行かせてよかったのかよ……」

「行くってもんを、無理やり引きとめらんねぇよ」

三郎太(以下サブ)がそう言ってリョーコを説得する。

「そうね……アキト君がこのまま素直に帰ってくる可能性は低いわね」

不意に、今まで黙っていたイネスが発した言葉。
それを聞いて全員がイネスを見る。

「……イネスさん、それはいったいどういうことですか?」

「この場で説明してもいいのだけれど……先ずは艦長を医務室に運んでからね」

ユリカは結局アキトの事を探し続けたが、極度の疲労の所為か、気を失ったかの様に眠りについた。
イネスが確認したところ、ただの睡眠状態だという事なのでそのままにしておいたのだ。

イネスの提案により、一同はユリカをエレカに乗せてナデシコCに向かった。


――ナデシコC大会議室――

「それでは説明します。
 あなた達にも既に話した通り、アキト君は火星の後継者の度重なる実験の所為で五感がすべて無くなってしまったわ。
 ここであなた達が疑問に思う事は、五感を失ったにもかかわらずアキト君は何故戦うことができたのか……ということでしょうね。
 まず、そのことについてはルリちゃんと同じマシン・チャイルドである、ラピス・ラズリという娘がIFSを利用したリンクシステムで五感をサポート。
 それによって多少はマシな状態に戻ったのよ。
 でも、多少はマシになったといってもラピスがいなければアキト君は立ち上がるのも難しいのよ……。
 だから、やたらと人に気を使うアキト君のことだから私達の所に帰ってくる可能性は低いという訳よ」

「「「「「…………」」」」」

この場にいる者の殆どが信じられないと言った表情の中、ルリだけは予想していたのか反応が薄かった。

「ちょっと待てよ」

「なに? スバルリョーコ」

「アキトの奴は、ようするに身体が不自由になっちまったんだろ?
 だったらオレ達がアキトのことを助けてやるのになんで戻ってこないなんていうんだよ……」

「だからさっきも言ったけどアキト君は自分の事より他人の事を優先させる人よ?
 この前私がアキト君を診察したとき、アキト君に今後の行動について聞いたのよ。そしたら彼、こう答えたわ……」


『俺はもう、以前の……ナデシコに乗っていたころのテンカワアキトじゃない……。ルリちゃん達の知っているテンカワアキトは死んだんだ。
 死人が生きている者達の元に帰ることはできない。例え帰れたとしても、テロリスト……それも何千人もの無関係の人達を殺したんだ。
 俺は、火星の後継者が捕まった後に統合軍に全宇宙に指名手配されるだろう。だから俺が戻ったら皆に迷惑がかかる。
 それに、今の俺は闇に染まりきっている。だから、今の俺にはナデシコの皆の光は眩し過ぎるんだよ……だから、もう帰らない』

イネスが話し終えた後、全員が言葉を失った。
イネスが言ったことが信じられないのではない。
アキトが……あの優しかった青年がその様な事を言ったということが、皆にとってかなりの衝撃だったのだ。

「彼……、死ぬ気よ」

「ふざけんな! 勝手にアキトを殺すんじゃねぇっ!」

「アキト君の性格からして、ラピスを一緒にこれ以上連れまわすというのはないわ。
 そうなると、五感も無くなってしまったアキト君の取る最後の行動は……」

「……火星の後継者の残党を道連れにする。ですか?」

「あら、ルリちゃんは驚かないのね。」

「……ええ、アキトさんがそのような事を言ったということには驚きましたが……」

「まあ道連れというのは本当に最悪のパターンだけれども、帰ってこないどころか死ぬ気かもしれない。ということはわかっていたのね?」

「……はい」

「じゃあ……なんでさっきアキトの奴を行かせたんだよ。もう帰ってこないのがわかってたんなら……なんで引き止めなかったんだよ!」

ルリの言葉を聞いてリョーコが問いかけた。

「あの場合、リョーコさん達パイロットはご自分のエステから降りていましたよね? そしてナデシコCのブリッジメンバーも殆どがあの場所にいました。
 ですからアキトさんを説得しようとして逃げられてたら……まず追跡は不可能です。アキトさんはA級ジャンパーですから。
 それに……私はアキトさんのことを信じています。だから――――」

 

 

 

 


「―――だから……帰ってきますよ」

ルリの言葉を聞いて、全員がルリの方を向く。
その瞳には、絶対に諦めないという決意があった。

「ルリルリ……」

「アキトさんは帰ってきますよ」

 

 


「もし……帰ってこなかったら追っかけるまでです……」

 

 

 

 


「だって、あの人は……」

 

 

 

 


「あの人は……大切な人だから」

 

 

 

 


プロローグPart1に続く

 

 

 

更新情報
09/12/10
とりあえず誤字脱字なんかを修正しました。

あ、ちなみに冒頭のルリの台詞?ですが、原作と違うのには一応理由があります。
どうして違うかは、多分最後に明かされるんじゃないかなと……。
という訳でこうご期待!!

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