機動戦艦ナデシコ
時をかける者達

 

 

第一話「告白」

 


【ジャンプ成功、通常空間にジャンプアウトしました】

メリッサから報告が入る。モニターを見れば、確かに通常空間へ移行した事が窺えた。
俺は現在の状況を確認する為、新たな支持を出した。

【了解、マスター。……わかりました。現在は地球、日本時間で西暦2194年6月5日です】

どうやら本当に過去に着いたらしい。本当にアルメリアはすごいな……と改めて思うアキトであった。

「そのようですね、どうやら此処が平行世界だというのは本当らしいです。
 今調べてみたのですがこちらの世界では私達は……既に死亡しているようです。アキトさん、戸籍の方はどうしますか?」

何時の間にか、オペレーター席で情報収集をしていたルリがアキトに尋ねた。しかしその姿に、アキトは若干―訂正しよう。かなりの違和感を覚えた。
寝ぼけているとか、目が疲れているとか、そんなチャチなものではなく、なにやら犯罪めいた光景が目の前には広がっていた。


「うん、そのことよりもさ、ルリちゃん」

「どうしたんですか? 何か不都合でも?」

なにか言い辛そうなアキトに、ルリはそう尋ねた。

「……ルリちゃん……体、縮んでない?」

そう、あきらかにルリの体は縮んでいた。

「……本当ですね、鏡がないから気がつきませんでした。そういえばなんだか胸のあたりが更に……」

そういって制服の胸の部分を少し開けるルリ。

「る……ルリちゃん!?」

「あっ!!……す、すみません!!」

あわててルリを止めるアキト、二人とも顔が真っ赤だ。

「え、えっと……どうやらこの体は私が14歳の時の体のようですね」

「そうなんだ。どうやら俺の体も16歳の時の物なんだよね……」

どうやら変化が起きているのはルリだけではなく、俺の身体も時を遡っていた。

「それにしてもいったいなんで……?」

【マスター、そのことについてはアルメリアから伝言があります】

「ん?なんて言ってたんだ?」

【『サービスです』とのことです】

アキトは一瞬『なんのサービスだよ!』と心の中でつっこんだがすぐにやめた。今更つっこんでも、反応が無ければ虚しいだけだ。

気を取り直すと、アキトは新生ユーチャリスがどう変わったのか気になった。

「ところでメリッサ、今のこのユーチャリスの性能を教えてくれ」

【了解】

メリッサがそういうとユーチャリスの解説を始めた。

【まず全長ですがおよそ1000mという意味不明な大きさに拡大されてます。次に武装ですが、以下の通りです】

〈ユーチャリス武装〉
 グラビティブラスト×4基(可動式)
 高出力対空レーザー×40基
 多目的型VLS×85基(内対空小型弾頭用50基 対艦用大型弾頭用35基)


「……強力と言えば確かに強力ですね。グラビティブラスト1基だけでも、ナデシコC1隻分の威力はあります。そしてそれが4基も……」

「この装備は本来予定されていたユーチャリスの真の装備だ」

「そうなんですか?」

「ああ。エンジンの出力と艤装の遅延もあって、結局装備されないまま試験艦として実戦に出たからな。
 しかし、グラビティブラストが可動式というのは驚いたが……」

あの装備があったなら、確かに火星の後継者を殲滅することも出来たかもしれない。

【ちなみに強化されたのは、これだけではありませんね】

「まだあるのか?」

【はい、強化された部分は後4つあります。
 1つはユーチャリスの情報処理能力がナデシコCの2倍程に上がっています。
 2つめは、装甲が核爆発にも耐えられるようになっています。
 3つめはバッタ達の性能が、戦闘能力を廃した分整備能力が上がっています。
 最後の1つはナデシコシリーズを収容できるドック艦にもなるということです。】

「わかった。報告ありがとう」

アキトがそう言うと、次々とウインドウが閉じられていく。

「ところでアキトさん。今後の事についてお話があるのですが」

「ああ、そうだな。まずは戸籍を作らないと」

「それならメリッサの話を聞きながら作っておきました、後は名前を入力すれば完了です」

流石はルリ、行動が早い。

「流石だね、ルリちゃん。名前はそのままで良いよ」

「わかりました」

「その前にルリちゃん」

「何ですか?」

「俺は今から地球のネルガル本社に行ってアカツキを連れてくる」

「アカツキさんを連れてこられるのですか?」

「ああ、アカツキをこちらの仲間にしてしまえば後々楽になるからな。それから今後の事を話し合おう」

「……全てを話すのですか?」

「必要な所だけね。アイツ、普段はふざけているが、真面目な話……特に、火星の技術に関する事となると真剣に考えてくれるからな」

「わかりました。それでは私はもう少しこの時代の事を調べてみます」

「ありがとう、それじゃあ先に連絡でもしとくか」

そういうとアキトは携帯電話を取り出し、以前アカツキから教えてもらった会長専用の番号に電話をかける。
因みに、電波の問題はメリッサが何とかしてくれたらしい(何故携帯電話かというと、この時代にはまだコミュニケが無いのだ)
数回呼び出しの音が鳴り終えた後、アカツキが出てきた。

〈もすもすモ○バーガー?〉

うん、彼はいったい何時の間に時を止められるスタ●ドを手に入れたのだろう。
一瞬、そんなくだらない考えが浮かんだが、すぐにアキトは気を取り直した。

「お、オマエは全然変わらんな、アカツキ」

〈ん〜、君はいったい誰かな? この番号を知っている人間は、僕は一応全員知っている人物なんだけど……君の番号を僕は知らないんだよねぇ。
 君は僕の番号を知っているみたいだけどさ、どこかであったことがあるかい?〉

「直接会ってみればすぐわかるさ」

〈ん〜……会ってみたいのは山々なんだけどねぇ。ウチの秘書、そういうのにうるさいんだよ〉

「エリナか……」

〈おや? エリナ君の事を知っているのかい?〉

「ああ、他にもゴートホーリーやプロスペクターの事も知っているぞ?」

〈本当かい? 更に君に興味がわいてきたよ〉

「なんなら今すぐにでもそちらに行こうか?」

〈別に僕は構わないんだけど……。とりあえず君の用件を聞いておこうかな〉

「そうだな……とりあえず、ボソンジャンプについて話がある」

〈へぇ……とりあえずってのも気になるけど、その話をどこで聞いたのかな?〉

今までと同じ喋り方だが、確実に声のトーンが下がっていた。恐らく真面目モードになったのだろう。

「ちょっと、色々とな」

〈いいだろう。今迎えをだすよ、君は今どこにいるんだい?〉

「そっちが来るよりも俺から行ったほうが早い。今から目の前に行ってやる……驚いて腰抜かすなよ?」

〈め、目の前? わ、わかったよ〉

そういって話しを終えると、アキトは出発の準備に取り掛かる。

「それじゃ、行ってくる」

「アキトさん、ちょっとまってください」

「なんだい? ルリちゃん」

 とりあえずアキトはジャンプフィールドをキャンセルし、ルリの話を聴く事にした。

「ジャンプする時に言っていた話なんですけど……」

「ああそのことか、なんだい?」

ルリは少し言い辛そうにこう言った。

「……ユリカさんの事です」

ルリの口からユリカの名が出たとき、明らかにアキトの表情が変わった。

「……ユリカのことはもういいんだよ」

「なにが……いったい何がいいって言うんですか!?」

ルリの脳裏にアキトがユリカと再開したあの時の記憶が蘇る。

「……そろそろ、ルリちゃんにも言っておいたほうがいいな」

目を閉じ、ルリにその事を言う決意を再度固めた後、アキトは切り出した。

「俺は……ユリカを愛してなんかいなかったんだよ」

「ど……どういう事なんですか? アキトさんはユリカさんの事を愛していたから結婚したんじゃなかったんですか!?」

かつてアキトがユリカとルリの三人で暮らしていた時、二人はとても幸せそうだったのをルリは覚えていた。
だからその楽しそうな様子を見ていたルリにはアキトが言ったことを信じることができなかった。

「俺は遺跡をユリカと跳ばす時、その場の流れでユリカとキスをしたんだ。確かに、あの頃は彼女の事を少なからず好いていた。
 そうしたら皆が俺がユリカの事を愛していると勘違いして俺達……いや、俺の事を祝福し始めたんだよ。そして俺もいつの間にかユリカを愛していると思い込んでいただけだったんだ。
 ―正直、最低な話だと思う。だが事実、俺は新婚旅行に行くまではユリカの事を愛していると思い込んでいた。
 だけど火星の後継者達に拉致され、ユリカと隔離されて実験をされて行く中に自分の本当の気持ちに気がついたんだ」

思いもしなかったアキトの言葉……それを聞いたルリは生まれて初めてアキトに―大切な人に―怒りをぶつけた。

「それなら……それなら何でユリカさんを救おうとしたんですか?
 ユリカさんの事を本当に愛していなかったのなら、ユリカさんの事を救出しようなんて思わなかった筈です! アキトさんは本当はユリカさんの事を―」

「それは誤解だよ、ルリちゃん」

そういってアキトはルリの言葉を遮った。

「なにが……なにが誤解だって言うんですか!?」

アキトは普段感情を殆ど表に出さなかったルリがこんなにも表面に出しているのを見て少し驚いたが、それと同時にルリがこんなにも感情豊かに成長していたという事に内心喜んでいた。
だがそれを顔に出さないように注意しながら話を続ける。

「俺はユリカを救おうとした訳じゃない。遺跡を取り戻し、奴等に復讐したかっただけだ」

「詭弁ですね、アキトさん。何故本当の事を言ってくれないんですか!?」

そういってアキトの事を涙目でみつめるルリ。アキトはルリのその攻撃により、あっさりと折れてしまった。

「……ルリちゃんには敵わないなぁ。わかった、本当の事を言おう」

「……はい、お願いします」

「……それはねルリちゃん、君を護る為だったんだ」

「……何故、ユリカさんではなく私なんですか?」

ルリはアキトが言っている意味が解らない訳ではない。
これは公にされている回数で実際はもっと多いのだが、ルリは一度北辰達に襲われている。その大半をアキトやネルガルSSが未然に防いでいたのだ。
だが、何故私なのか……それだけがルリには理解できなかった。

「何故……俺がヤマサキ達に実験されても生き続けることができたかわかるかい?」

不意に、アキトがルリに質問する。
アキトがされていた実験、それは常人なら数分で絶命してしまうほど過酷なものだった。
それはルリもイネスから聞いていたし、自分でアキトのカルテを見たから知っている。だが、誰も何故アキトが生きていられたかという事を知らない。

「何故……ですか……?」

「それはね、『想い』だよ」

「『想い』……ですか?」

「そう、俺は二つの思いによって生かされていたんだ」

「その想いとは……なんだったんですか?」

「1つは奴等に復讐をしてやる……奴等に殺された火星の人達の仇を討つという想い……『狂気』。そしてもう1つはもう一人の家族、ルリちゃんの事を想う気持だったんだ。
 始めは『ルリちゃんは元気かな』くらいの想いだった。だけど実験を繰り返しているうちにそれが『ルリちゃんに逢いたい』という想いに変わり、俺が生きる為の想いになったんだ」

そして、アキトは少し間を置いてこう言った。

「俺が本当に愛していたのはユリカじゃない……ルリちゃん、君なんだ」

アキトからの突然の告白……それを聞いたルリは自然と涙を流していた。

「ル、ルリちゃん、どうしたの!? オレ、ルリちゃんに嫌なこと言った!?」

それを見たアキトは自分がルリに嫌な事を言ってしまったのかと思い、必死で謝っている。何時の間にか口調も「黒の王子」の物から「テンカワアキト」の物に自然と戻っていた。

「いえ……違うんです、アキトさん。私も……アキトさんが好きだったから……でも……」

「でも……なんだい?」

「でも、それなら何故帰ってくるなんて嘘をついたんですか?」

「……すまない」

「アキトさんが嘘をついた理由は既にイネスさんから聞いているので今さら問いただしたりはしません。ただ……」

ルリは涙を拭きアキトを見つめて言った。

「ただ……もう私を置いてどこかに行ったりなんてしないで下さい。それだけは……約束してください」

そう言うとルリはアキトに抱きついた。

「わかった……もう、俺はルリちゃんの事を離さない」

――ラピスもこんな心境だったのかもな……すまないことをした――

「……本当ですか?」

ルリはアキトから放れてそう尋ねる。しかも涙目という最強の兵器付きで。

「ああ、本当だ」

「それなら……け、け、け……」

「け?」

ルリが何かを言おうとしているが口ごもる。何故だか顔も段々紅くなってきている。

「けっ、けっ、けっこ、けっこ……」

「コケコッコー?」

「ちがいますっ!」

「じゃあケツァクウァトル?」

この時アキトはこの会話にデジャビュを感じたが、とりあえず気のせいという事にしておいた。
やがてルリは覚悟を決めたのか、真っ赤な顔でアキトの事を睨みつけた。

「アキトさん!」

「は、はいっ!?」


「結婚してください!!」

(い、言ってしまいました!……ああっ! そういえば私断られた時どうするか考えてませんでした!
 どうしましょう、まあ、アキトさんが断るとは思いませんが……というのは少々自意識過剰気味でしょうか。ああもう! アキトさん! 早く何か言ってください!)

言ったはいいが、ルリはどうやら断られた時の行動を考えていなかったみたいで、かなりのパニック状態のようだ。
アキトの方はどうやらルリにプロポーズされるとは思っていなかったらしくフリーズしている。大変マヌケな表情だ。

「えっと……アキトさん。その……返答をお願いします」

「あ、ああ。返答もなにも答えはYes……しか考えられないだろ?……でも、今すぐはちょっと無理かな」

「なっ、なんでですか!?」

結婚はOKしてもすぐには結婚できない……そんな事を言われれば女性は誰だって怒るだろう。ルリもまた同様で、今にもアキトに掴み掛かりそうな勢いだ。

「お、落ち着いてルリちゃん! よく考えてみて、ルリちゃんは今一体何歳だい?」

「私ですか? 今年で16歳になりましたが……それがいったいなんだって言うんですか!? 法律上では結婚できますっ! やっぱりアキトさんは私の事……」

そういってなにやら勘違いを始めるルリ。どうやらかなり頭の中がパニックになっている様だ、性格も少し変わってしまっている。

「違う違う! 思い出してみてよ、ルリちゃんはさっきジャンプした後自分で何て言ってた?」

「え? ジャンプした後ですか? え〜っとですね……」

〜『え、えっと……どうやらこの体は私が14才の時の体のようですね』〜

〜『そうなんだ。どうやら俺の体も16歳の時の物なんだよね……』〜

「……そうでした。私としたことが……すっかり忘れていました」

そう、一応二人は日本国籍。
日本の法律では結婚するには女性は16歳以上、男性が18歳以上でないといけない。今のルリの肉体年齢は14歳、アキトの肉体年齢が16歳だから当然結婚できるはずがない。
まあ別に精神的には既に問題をクリアしてはいるのだが、何故だろう。二人は肉体年齢で物事を考えているようだ。

「そう言うわけだからさ、もう少し経ってから結婚しよう」

「……そうですね。でも私が16歳になったら籍を入れてくださいね?」

「ああ、わかってる。式は……戦争後になるかな?」

「はい。……ってアキトさん。私が16になるのって2年後ですから……結構ギリギリになっちゃいますね」

「そうだね……上手くいけばナデシコが完成するまでに入れることが出来ると思うよ?」

「でも……アキトさんと結婚できるなら、それでも良いです」

ルリはそう言うと顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

「……ありがとう、ルリちゃん。それじゃあ、行って来るね」

「ハイ、いってらっしゃい。アキトさん」

そう言うとルリはアキトから離れ、アキトはジャンプのイメージを開始した。

「目標……ネルガル会長室…………ジャンプ」

 

 


第二話「接触」につづく

 

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