―ナデシコ発進2分前―
エレベーター内
「さて、久々の実戦だ。……コクリコ、準備はいいか?」
【Yes,Master.準備完了、エンジンも絶好調、いつでもいけます】
「よし、どれくらいで地上に着く?」
【このままですと、およそ20秒程です】
「そうか、それじゃあ戦闘が始まったら残った敵の数を数えてくれ」
【I Sir―マスター、着きます】
今まで感じていた重力の圧迫感が消え、視界が開け、エレベーターが地上に到着した。
「……さあ!かかってこい、有象無象ども!」
機動戦艦ナデシコ
時をかける者達
第4話「反乱」(前編)
―ブリッジ―
「す……凄い……」
「流石だな、彼は……」
「ええ、最近はエステバリスを使用しての実戦は無かったのですが……流石ですね。腕が全く落ちていません」
「すっご〜〜い!流石は私の王子様だねっ!」
「……ユリカさん? 今は作戦行動中ですので、意味不明な事を言わないで下さい」
「なんかさぁ……戦いって言うか舞ってるみたいよねぇ」
上からメグミ、ゴート、プロス、ユリカ、ルリ、ミナトの順である。
確かに、ミナトの言うようにアキトの戦い方は「舞」そのものだ。
バッタの攻撃を避け、蹴りや手刀、抜刀等、有りと有らゆる方法で地上にいるジョロを薙ぎ払ってゆく。
「ふっ…………所詮は無人兵器か。暇つぶしにもならんな」
そして戦闘開始から僅か2分足らずで数百機はいたであろうジョロは全滅し、バッタは開始時の約半数以下になっていた。
「コクリコ、残存の敵の数は?」
【残存…………ジャスト50機です】
「そうか、それじゃあ残りはナデシコに任せるとするか」
そう言うとアキトは小太刀を収納し、カノン砲を装備した。
「ナデシコが浮上するまでの残り時間は?」
【…………残り7分20秒です】
どうやら前回よりも強くなっていたという事を忘れていたようだ。
アキトは舌打ちをし、考える。
「…………、そうか。…………ナデシコ、聞こえるか?」
アキトは一瞬、このまま囮を続けようかと思ったが良い案が浮かんだらしく、ナデシコに通信を入れた。
≪アキトさん、どうかしましたか?≫
直ぐにルリから返事が返ってくる。
「ああ、ユリカに10分囮をするよりも全滅させた方が早いと伝えてくれ」
≪わかりました。ちょっと待っていてください≫
そのまま一旦ウインドウが閉じられる。
「…………前回と違って今回は俺の方が遥かに強いという事を忘れてしまうとはな……」
【このまま気が付かずに全滅させてたら、大変な事になっていましたね》
「ああ、今回の作戦は「囮」ということになっている。しかも俺はユリカから内容を全部聞かずに出撃したからな。…………危ない所だった」
つまりこういう事だ。
作戦の内容も聞かずに出撃し、しかもそれを無視して敵を全滅させたアキトは「人の話をちゃんと聞かない自分勝手な副提督」のイメージで見られる事になるのだ。
幸い、今回は気が付いたので良かったのだが、もし忘れていたら白い目で見られるということは無くとも、副提督としての素質を問われる事になるかもしれない。
≪アキトさん、ユリカさんと提督の許可が出ました。思い切りやっちゃって下さい≫
「解った。ありがとうルリちゃん」
ルリからの通信が入り、二人の許可を得たアキトは機体を反転させ、突撃する。
次の瞬間には、爆発と閃光、爆音が辺りを支配した。
今まで逃げていたのを追撃していたバッタは、いきなり反転、突撃してきたフリージアに反応出来る筈が無かった。
30%程がフィールドの餌食となり、残った他のバッタはその爆発の余波に巻き込まれ、搭載していたミサイルが衝撃で誘爆したのか次々に火球となった。
実に呆気ない幕引きである。
【…………終わってしまいましたね】
「…………、ああ、まさかこんなに早く終わるとは思わなかった…………」
―ブリッジ―
「木星トカゲの全滅を確認。オモイカネ、一応索敵は続けておいてください」
【了解!】
「…………ええ〜……っと今何が起きたんですか?」
「さ、さあ……?」
「なんかアキト君が向きを変えたとたんに、皆爆発していったけど…………」
上からルリ、メグミ、ユリカ、ミナトの順である。
「補足して説…………解説します。アキトさんは全滅OKと伝えられた瞬間、ディストーションフィールドの出力を上げ反転し、それを用いて攻撃したんです」
「じゃあ何で皆爆発しちゃったの?」
ミナトが尋ねる。
「恐らく、バッタが密集していたお陰で、搭載していたミサイルに誘爆していったのでしょう」
「「「なるほど」」」
見事にハモる三人。
「っていうことはさぁ、アキト君はその事も計算して攻撃したって言うわけ?」
「そういう事になりますね」
「「「………………」」」
ブリッジがルリのその一言によって沈黙に包まれる。
「艦長、テンカワから通信が来ているぞ」
ゴートの言葉で我に返る三人。
「あ…………はい。繋げて下さい」
≪此方テンカワ。任務完了、念の為、周囲に残存の敵がいないか確認してくれ≫
「…………此方ブリッジ。周囲に反応在りません」
≪了解した。これより帰還する≫
「はい。お疲れ様でした、アキトさん」
…………ちなみに今まで応答していたのはルリだったりする。
ルリに仕事を取られ、アキトに無視されたユリカはブリッジの端の方で‘の’の字を指で書いて拗ねている。
「うぅっ…………ルリちゃんが私とアキトの仲を引き裂くよぅ…………ついでに仕事も奪っていくよぅ…………」
おいおい、仕事はついでかよ。と思わず突っ込みを入れそうになるミナトだが、辛うじて堪える。
「艦長、もういい加減諦めたら?」
「ううっ…………ミナトさんヒドイよ〜…………」
「そうですよ」
「メグちゃんまで〜。何で二人してそんな事言うの〜?」
「だって…………ねぇ?」
「そうですよ…………ねぇ?」
そこで二人は顔を見合わせ、とうとう言ってはならないこと(ユリカにとって)を言ってしまった。
「「あの二人は、既に婚約済みなのよ♪(なんです)」
その瞬間、時が止まった…………。
「…………」
「………………」
「………………………………………………」
「か…………艦長?」
ミナトが心配になり、声を掛けるが…………、
「………………」
返事が無い…………ただの屍のようだ。
「あれ?そういえばルリちゃんは?」
メグミがそう言い、辺りを見回すがルリの姿は無い。
「ああ、ルリさんならテンカワさんを迎えに行きましたよ」
プロスが反応し、答える。
「あら、ルリルリったら何時の間に♪」
「全然気が付きませんでしたね」
…………どうやら三人とも気付かなかったようだ。
「…………、も行く!」
どうやらユリカも復活したようだ。
「艦長?どうかしましたか?」
「私も行く〜〜〜〜っ!!」
ユリカは言い終わらない中にドアに向かって猛然とダッシュ!
「あ、艦長!危険ですよ!」
「はい!? …………あべしっ!?」
プロスが制止しようとしたが、時既に遅し。
ユリカは扉に盛大な音を立てながら激突していた。
本来、ナデシコのドアは殆どが自動ドアであり、人が近づけばそれをオモイカネが感知し、開くシステムとなっている。
しかし何故かドアは開かず、プロスの警告を無視したユリカはドアに正面衝突してしまった…………と言うわけだ。
ちなみに、ユリカが復活してドアに激突するまでは僅か2秒間の出来事であった。
「だから危険ですって言ったのですが…………」
「プロスさん、なんでドアが開かなかったんですか?」
メグミが尋ねる。
「はい、実は先程、ルリさんがブリッジを出られる際に…………」
〜今から5分程前〜
「それではプロスさん。私はアキトさんを迎えに行きますので留守の間、ユリカさんの事をよろしくお願いしますね」
…………ちなみにルリが言う‘ユリカの事’とは、監視及び拘束の事である。
「ええ、解りました」
「ありがとうございます」
そう言って、ルリはブリッジのドアに向かって走った。
が、出る前に思い出したかの様に、言った。
「あ、そうでした。念の為、ブリッジ最上部のドアはロックしておきましたので気を付けて下さいね」
「わ…………解りました。それでは、お気を付けて…………」
「はい、それじゃあ行って来ます♪」
〜現在〜
「…………と言う事が在りましたので」
「そ…………そんな事が在ったんですか」
「へぇ〜。ルリルリやるわね♪」
「そんな事言ってないで、早く此処を開けなさぁ〜〜〜いっ!!!」
ナデシコは初日から平和であった。
―同刻、格納庫―
「着艦完了。――機体固定完了…………、よし。それじゃあコクリコ、また後でな」
【はい、マスター。マスターもしっかり休息を取ってください】
「ああ、ありがとう」
着艦し、機体の固定作業を終えたアキトはフリージアのハッチを開けた。
「テンカワ!すまねぇ、ちょっと待っててくれ!直ぐに…………」
ウリバタケが言い終わらない中にアキトは…………
「あ、大丈夫です」
と言い、そのまま飛び降りた。
そしてアキトは着地音もたてずに見事に着地した。
「おいおい…………凄ぇな…………どうやったらそんな事出来るんだ?」
「すんません、話すと長くなっちゃうんで…………」
そういって謝るアキト。
「まあ…………良いけどな」
「ありがとうございます。それじゃあ整備の方、よろしくお願いします」
「応よ!任せときな!」
そう言い、ウリバタケはフリージアの方へ駆ける。
「それじゃあ、ブリッジに行くかな」
アキトがドアの方へ振り向いたのと同時に、そのドアが開かれた。
「アキトさん!」
ルリだった。
全力で走ってきたのだろう、肩で息をしているのが分かる。
「…………ただいま、ルリちゃん」
「お帰りなさい、アキトさん」
そういってアキトに抱きつくルリ。
…………ちなみに此処は格納庫です。
整備員の人達が二人(特にアキトの事)をじぃ〜っと(しかも憎悪の眼で)見て(睨んでいるともいう)いる。
「あ…………あ〜、…………、二人とも? そろそろブリッジに戻った方がイイんじゃねぇか?」
ウリバタケの忠告と整備員の視線(殺意)に気付き、離れる二人。
「あ…………、そ、そうですね」
「そ、それじゃあ行こうか、ルリちゃん」
そして二人は手を繋いで格納庫を後にした。
この時、整備班の中に「ルリルリ倶楽部」と「テンカワアキト抹殺組合」が成立したらしいが真実かは定かではない。
「そういえばルリちゃん」
「どうかしましたか?」
「ユリカはどうやって撒いたんだい?」
アキトはブリッジに向かう途中、ルリに尋ねた。
それに対し、ルリは笑みで答える。
…………しかし、目が笑っていないので正直怖い。
「…………気になりますか?」
「いや、遠慮しておく」
「……大丈夫ですよ。ただドアをロックしただけですから」
「……………………」
――本当にそれだけ……?――
と、アキトが不安になったその時、艦内にサイレンが鳴り響き、そして間を置かずに艦内に衝撃が走る。
その衝撃の中、アキトは少しよろめきはしたものの、平然と立っていた。
…………だが、それはアキトだからこそ出来る芸当であって、普通の人であるルリはバランスを崩してしまう。…………が、咄嗟にアキトがルリを抱きかかえた。
しかも…………お姫様抱っこで…………。
「あ……アキトさん、ありがとうございます」
直ぐに衝撃による振動は収まったが、アキトはルリを抱いたまま放さない。
「アキトさん…………あの……」
ルリが言い終わる前にアキトが言う。
「ゴメン、ルリちゃん。急いでブリッジに戻りたいからこのまま行くよ」
「えっ?…………きゃっ!」
言うが早いか、アキトは走り始めていた。
―ブリッジ―
「何が起きたっ!?」
アキトはブリッジに入ると同時に状況確認をする。
しかし、この時アキトは一つのミスを犯していた。
じーーーーーーー………………
ブリッジの視線がアキトに向いている。
「な、なんだ?俺がどうかしたか?」
「アキト君、なかなかやるわね〜♪」
ミナトがからかうが、アキトは未だ理解できない模様。
「アキトさん、解ってないんですか?」
「解ってないって…………、あ…………」
「あ…………じゃないでしょ〜っ? アキトーっ! ルリちゃんから離れなさぁ〜〜いっ!! っていうか何でお姫様抱っこなの〜!? ずるーーい! 私も…………」
凄い勢いで捲し上げるユリカだが、何故か途中で言葉を切った。
いや、正確には‘切った’のではなく‘切らされた’のだ。
ユリカはその人物を、冷や汗を流しながら見ている。
…………その人物はアキトではなく、プロスだった。
「…………艦長?」
何時もの営業スマイルで言うプロス。
だがルリの時と同じく、顔はスマイルでも目がマジなので洒落にならない。
「あ…………あはははは〜…………ゴメンナサイ」
ユリカはそれきり静かになった。
…………恐るべし、プロスペクター。
「さて…………」
ユリカを黙らせた後、プロスはアキトの方を向く。
「え〜〜…………テンカワさん。色々と説明したい事が有りますので、そろそろ…………」
なにやら言い辛そうに口篭っているプロス。
それでも未だ意味が解らないアキトはキョトンとしている。
「アキト君とルリルリ、ラブラブねぇ〜♪」
ミナトが冷やかす。
それでやっと思い出したのか、アキトはルリを降ろした。
「ゴメンね、ルリちゃん」
「あ…………いえ」
少し…………いや、かなり名残惜しそうにルリは降りた。
「え〜……では、状況を説明します」
「ああ」
アキトが短く答える
「先程の揺れの件なのですが、サセボドックに行く予定でした艦「カリフラワー」の救助艇が不時着した為なんです」
「なに…………!?」
アキトの脳裏に嫌な感覚が走り、背中に冷や汗が滲んだ。
この世界に転移してから今日までの間、クリムゾンの施設を破壊し歴史を変えてきたアキトだが、その結果は非常にミクロなものだった。
しかし、ここに来てようやく歴史の変化がマクロな事象として現れ始めたのだ。
例えそれが予想していた事態だとしても、身体は歴史を変えてしまったことに不安を感じ、緊張していた。
アキトはちらっと横に居るルリの様子を窺った。
表情は普段と変わりない。
しかし、それが無理して作られたものだとアキトには直ぐに解った。
やはりルリもアキトと同じなのだろう…………身体が、小刻みに震えている。
「アキトさん…………、?」
いきなり黙ってしまったアキトを不審に思い、メグミが声を掛ける。
「あ…………すまない。…………それで、生存者は…………?」
勤めて冷静に、そう尋ねた。
「…………救助艇二艇の中、一艇は無事に着艦しましたが…………もう一艇は…………」
恐らく、先程の衝撃はもう一艇の救助艇が爆発したときに発生したものだろう。
「……被害状況は?」
「はい、不幸中の幸い…………というものでしょうか。艦には人的被害は在りません。
艦事態の被害も、爆風と衝撃波だけでしたので殆ど在りません」
「…………そうか、解った」
そう言って、踵を反すアキト。
「あの…………テンカワさん、どちらへ?」
「すまない、少し考えたい事が有るから…………一人にしてくれ」
アキトが未来から来た事を知っているプロスは、アキトが言った事の意味を理解し、アキトを見送った。
「アキトさん…………」
ルリも後を追おうとした時、何故かプロスに呼び止められた。
「すみません、彼にこれを見せてあげてください」
「え……?あ、はい」
そういってルリが渡されたのは、救助艇のメンバーと戦艦の乗組員名簿だった。
「アキトさん!」
全速力でアキトを追いかけたルリは、なんとかアキトに追いつく事が出来た。
「アキトさん…………あの…………」
「ルリちゃん……。また俺は過ちを犯してしまった…………」
言い終わらない内に、アキトが嘆く。
「過ち…………ですか?……きゃっ!?」
アキトはルリを抱きしめ、直も続ける。
「俺は…………俺の所為でまた罪のない人達を殺してしまった…………!」
ルリは初め、アキトが何を言っているのか理解出来なかったが、直ぐに理解した。
「…………アキトさん、大丈夫ですよ」
アキトの事を抱き返し、諭す様に、ルリは言う。
「大丈夫です。例えアキトさんが罪を背負ったとしても…………私が赦します」
「ルリちゃん…………」
アキトはルリから離れ、ルリの眼を見る。
ルリもアキトの眼を見て、言った。
「もし…………それが赦されないのであれば…………」
ルリは何かを決断したかのような眼で、続けた。
「…………私も、その罪を背負います」
「…………、ありがとう」
そして、誓いを交わすかのように…………二人はキスをした。
「…………、」
「………………」
ゆっくりと、二人の唇が離れる。
「ルリちゃん…………」
「なんだか…………恥かしいです」
そう言って顔を赤らめるルリ。
「あ……!そうでした」
と、突然何かを思い出したかの様に言った。
「アキトさん、プロスさんから渡されたんですけど…………」
そう言ってアキトに先程プロスから渡された名簿を見るアキト。
「どれどれ……………………、」
そして、読む事数秒……
「あ!?…………、あははははははは!!!」
いきなり笑い出すアキト。
「ア、アキトさん?どうかしたましたか?」
不審に思ったルリが尋ねる。
「い…………いや、乗員名簿を照らし合わせてみたらさ」
そう言ってルリに名簿を見せるアキト。
ルリは訳が解らないまま受け取り、照らし合わせてみる。
…………数秒後。
「あ…………、」
ルリもそれに気が付いた様だ。
「解った?まったく、プロスさんも人が悪いなぁ。かなり勘違いしちゃったよ」
「…………私もです。まさか…………、誰一人も亡くなった方が居なかったなんて…………」
そう…………実はルリが言うように、誰一人とて死んだ者は居なかったのだ。
「ああ、どうやって生き残ったのかとかはこの際措いておこう。それより、問題は此処だ」
そう言ってアキトはルリの持っている名簿の提督の部分を指した。
「あ…………、これは…………、!」
「どうやら、歴史はそんなに変わらないらしいな」
そこにはアキトとルリがよく知っている人物が載っていた。
『リアトリス級カリフラワー:提督「ムネタケ・サダアキ」』
後半へ続く
09/12/09
三点リーダーを統一。
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