「それじゃあ、これからよろしくお願いします」

「「「「「はーい!よろしくお願いしまーす!!」」」」」

元気な返事をするホウメイガールズ。

「ああ、よろしく頼むよ、お二人さん」

ホウメイも少し笑いを含んだ言い方で返した。
そして、一通り挨拶を済ますと、アキトとルリは食堂を後にしたのであった。

 

機動戦艦ナデシコ
時をかける者達


第四話「反乱」(後編)

 


現在、ナデシコがサセボドックを出航して2日が経過しようとしていた。
その間、敵襲も無く、暇を持て余していたアキトは各部署を廻り、挨拶をしていたところだ。
誤解がないように一応言っておくが、別にアキトは某艦長のように誰かに仕事を押し付けてサボっているわけではない。
真面目に、的確に、迅速なスピードで仕事を片付けた結果として、暇な時間が生じたのだ。
ブリッジを出る時に、プロスに挨拶廻りをしてくると伝えたらルリも一緒に行くという事になった。
……ちなみにこの時、ユリカが「私も行く〜!」と駄々をこねたのは云うまでも無い。
そして現在、やっとの事でナデシコに存在する部署廻りで最後の場所である食堂……アキトの師であるホウメイと、仕事仲間であったホウメイガールズに挨拶を終えたところだった。

「それにしてもアキトさん、さっきホウメイさんと何をお話ししていたんですか?」

「いや……ちょっとね」

―15分程前、食堂―

「私が副提督のテンカワアキトです。……お久しぶりです、ホウメイさん。これからよろしくお願いします」

「オペレーターのホシノルリです。ホウメイさんお久しぶりです、これからよろしくお願いします」

そういって同時に挨拶をする二人。
見事に息が合っている。
ちなみにホウメイは以前までネルガル本社の食堂長を勤めていた。
アキトとルリにはその時に出会ったのである。

「ああ、久しぶり。プロスのダンナから話は聞いてるよ、相変わらず仲の良い鴛鴦夫婦なんだってね?」

それを言われて、二人は顔を真っ赤にしてしまう。
ホウメイはその様子を見て豪快に笑い、言った。

「冗談さ。まあ、またよろしく頼むよ、お二人さん」

(そ……そんな風に見られていたんですか……?)

「あ……ありがとうございます。あの、ホウメイさん。少し良いですか?」

「ん、どうかしたのかい?」

アキトはチラリとルリの方を見る。
ルリはホウメイガールズと談話しているようだ。

「ここじゃあアレなんで、奥で……」

「ああ、構わないよ」

そう言うと、二人は厨房の方へ向かった。

「で……?テンカワ、話ってのは?」

「えっと……時間が空いていたらで良いんですけど、厨房をお借りしても良いですか?」

アキトが言った事の意味。
つまりそれは料理を作っても良いですか? という意味だ。
アキトの口から出た意外な頼みに、ホウメイは少なからず驚いていた。

「テンカワ……アンタ料理なんて作れるのかい?」

尤もな疑問である。
しかしアキトは任務が忙しくない時以外は料理を作っていたので特に問題は無い。
アキトはその事も含めて、全てホウメイに話した。

「……そうかい、ならいつでも来て構わないよ」

「本当ですか?」

「ああ、料理長のアタシが言ってるんだ。何時きても構わないよ。……それに……」

ホウメイはチラリとルリの事を見る。
ホウメイガールズに質問攻めに遭いながらも、打ち解けているようだ。

「あの子の為に作ってやりたいんだろう?だったら、断る理由なんかないさね」

ポン……と、アキトの肩を叩くホウメイ。

「でもまあ、忙しかったら手伝ってもらうからね?」

「……ありがとうございます、ホウメイさん」

「とりあえず今は仕込みをしなきゃいけないしさ、テンカワもそろそろブリッジに戻った方が良いんじゃないかい?」

「そうですね、そろそろ戻ります」

そう言って二人はまた食堂の方に戻った。

「ルリちゃん、そろそろ行こうか」

「あ、はい。わかりました」

そして、ようやく話が冒頭へ繋がるという訳である。

「アキトさん、何を話していたんですか?」

ルリの声で現実に返るアキト。

「あ、ああ。ゴメンルリちゃん、後でちゃんと教えるから……」

そう言ってルリに誤るアキト。
ちなみに、アキトがルリの前で最後に料理したのは……1年ほど前になるだろうか。
それまではアキトが作っていたのだが、半年ほど経ったときルリが料理をはじめたのだ。
しかし、アキトとルリの仕事が忙しくなるにつれ、料理を作っている暇が無くなってきたのだ。
だから、暇があれば厨房を借りて手料理を食べてもらいたかったのだ。
ちなみに、そのお陰でホウメイと早いうちに知り合うことになったワケだが。
とりあえず、ルリにビックリしてもらう為秘密なのである。

「……解りました。後でちゃんと教えてくださいね?」

「ありがとう。それじゃあ、そろそろブリッジに戻ろうか」

「そうですね、そろそろ……」

プロスさんからの連絡が。と言おうとした瞬間、タイミングを見計らったかのようにコミュニケに着信が入る。

「……ピッタリですね」

プロスの時間の正確さに感心しつつ、アキトはコミュニケを開いた。

≪アキトさん、ルリさん。そろそろ準備が整いましたのでブリッジまで来てください。
 それと、例の件ですが書類が先程届きましたので後ほどお渡しします≫

「ありがとうございます、それじゃあすぐに行きます」

ウインドウを閉じ、二人はブリッジへと向かった。

―ブリッジ―

「え〜……それでは、全員集まりましたので説明を始めたいと思います。……では艦長、お願いします」

そう言うと、プロスは後に下がり、ユリカが前に出た。

「え〜〜っと、今から皆に説明するのはナデシコの目的地についてです!!」

「そういえば、ナデシコの目的地って何処なんですか?」

メグミが尋ねる。

「はい、今まで明かすことが出来なかったのは妨害者の目を欺く為でして……」

「妨害者?」

……恐らくこの「妨害者」は「某会社」と変換しても当てはまるだろう。

「はい、最近は物騒でしてね……と、それでは続きをどうぞ」

すると、今まで一言も喋っていなかったフクベ提督が立ち上がり、言った。

「我々の目的地は……火星だ!!」

それを聞いて、皆の顔に少なからず動揺が走る。

「か、火星って……あそこは木星トカゲの奴等に占領されてんじゃねえのか?」

「公式ではそうなっているな。……しかし、実際にはどうなっているのかなんて誰にも解らないだろう?」

ウリバタケの質問に対し、アキトが答える。
実際のところ、アキト達は火星の現状を知っているのだが……。

「木星トカゲが火星に侵攻した時、火星には沢山の人々が住んでいた。火星にも防衛軍がいたが、まったく歯が立たずに敗走したそうだ」

「では……取り残された人達はどうなったのでしょう?」

プロスが後を継ぎ、言った。

「皆死んじゃったんじゃないんですか?」

「メグミ君、あまりそういう事を言うものじゃあない」

「あ……すみません」

「……コホン。良いですか? 火星には沢山のシェルターが存在します。恐らく、その中に非難しているのだと思われます」

「ってことは俺達は避難民の救助が目的ってワケか」

ウリバタケのその一言で、皆の感情が「戦争」から「人命救助」というものに変わったようだ。
全員がやる気になっている。

「え〜……皆の気持ちも一致したようですので、艦長、お願いします」

再び、司会がユリカに移る。

「それでは、ナデシコ、火星に向けて出「そうはさせないわよ」〜つ!?」

ユリカがお決まりの台詞を言おうとした瞬間ブリッジのドアが開き、誰かが入ってきた。

「残念だけど、この艦はアタシ達連合軍が頂くわ」

そのカマっぽい口調は、ムネタケの物だった。

「てめぇ!助けてやったのに仇で返すのかぁ!?」

ウリバタケがムネタケに言い寄る。

「ゴメンナサイねぇ。アタシ達はこの艦を軍に引き渡せるためにやってきたの。だからこれは仕事なのよ、恩もクソも無いわ」

あっけらかんと言い放つムネタケ。

「この人数でいったい何が出来る!」

ゴートが言うように、ムネタケと一緒に入ってきたのは4、5人だ。
ブリッジだけを制圧するには充分だが、艦全体を制圧するにはまるで少なすぎる。
……尤も、アキトが居る時点で何百人来ようが到底無理な話であるが……。
しかし、そんな事は当然知らないムネタケは勝ち誇ったかの様に言った。

「ふふふっ、そろそろね。モニターを御覧なさい」

ムネタケが言うと同時に、モニター――外の景色――に異変が起きた。
穏やかだった海面が急に盛り上がり、巨大な鉄の塊が三つ現れた。
その塊の正体は、それぞれが花の名を冠する戦闘艦で構成された連合宇宙軍第3艦隊だった。

「やはり……来たか」

アキトが誰にも聞こえないような小さい声で呟く。
そして、それと同時に耳に耳栓を装着する。
周りを見るとプロスやゴート、ルリ達も同じ様にしている。

「トビウメから通信が着ています」

「……繋げてください」

メグミはその後、皆と同じく耳栓を装着した。
モニターにミスマルコウイチロウの姿が映し出される。

≪……ナデシコに告ぐ。マスターキーを抜いて直ぐに停船しなさい≫

「お父様……それは出来ません!」

どうやらユリカもコウイチロウも落ち着いているらしい。
超音波兵器合戦は無いと見られる。
どうしたことだろうか。体調でも悪いのだろうかとつい心配してしまうのはご愛嬌だろう。
しかし、こういったところでも微妙に歴史というか、人の性格が変わっているのは面白い。
矢張りここが直接の過去ではなく、平行世界であるという証拠なのだろうか。
とりあえず、心配はなさそうだと判断したアキト達は耳栓を外すことにした。

「困りますなぁ〜、ミスマル提督。この件は既に片付いている筈ですが……」

≪プロスペクター君。今はその様な事を言っている状態では無いのだよ≫

「……つまり、火星を見捨てろ……と?」

≪そんな事は言ってはおらんよ。……さあ、早くキーを抜きたまえ≫

コウイチロウに言われ、ユリカはキーを抜こうとする。

「やめろ、艦長」

が、それはアキトによって阻止された。

≪……なんだね?君は……≫

「ナデシコの副提督……テンカワアキトだ。単刀直入に言おう。あんたら軍はクズだな」

≪な……っ!?≫

驚いたのはコウイチロウだけではなかった。
ルリを除く、ブリッジに居るメンバー全員もアキトの発言に驚愕していた。

≪……何故、君がそう思うのか話を聞こう≫

「軍は民間船を武力制圧しろという命令を出すらしいな」

そう言うとアキトはムネタケの方を見る。

≪……どういうことかね? ムネタケ君≫

ムネタケに視線を向けるコウイチロウ。

「いえ、ただアタシ達は護身用として持っているだけですわ。此処は民間船といっても、武装しています。そんな所に丸腰で行くのは危険と思いましたので」

≪……そうか。解った≫

ムネタケの言い分も尤もだったので、コウイチロウは不審に思いながらもそれ以上の追求はしなかった。

「……ところでお父様。ナデシコを停船させて、どうされるおつもりですか?」

≪それについてはユリカ、お前と二人で話したい事が在る。だからマスターキーを抜いて此方に来てくれないか?≫

先程から出ているが、マスターキーを抜く。
それは即ちナデシコを無力化するという事だ。
しかし、そんな事を言われてもアキトは何もせず、黙ったままだった。

「は〜い。今行きま〜す」

ユリカは何を考えているのか……いや、考えてないのだろう。
すぐにマスターキーを抜いてしまった。

「それじゃあ、行ってきま〜す」

そう言ってユリカはブリッジを出てしまった。
因みに、ジュンも一緒に付いて行った。

「それじゃあ、アナタ達は食堂で待機していなさい!」

辺りにムネタケの声が響く。
コウイチロウが通信を切ったとたんに本性を表すムネタケ。

「おい、早く移動するんだ」

兵士に銃を突きつけられ、仕方なく移動を始めるウリバタケ達。
アキトとルリもそれに従って移動を始める。

「あ、提督とオペレーターは此処に残って頂戴」

ブリッジから出る際、ムネタケが言った。

「何故……私もなんですか?」

「話が有るのよ。悪いけど、ちょっと残っててもらうわよ」

少し不安そうにアキトを見るルリ。

「大丈夫……直ぐに戻ってくる」

そう言ってアキトはブリッジを後にした。

「さて……と。ジャマ者も居なくなった事だし……少しお話でもしましょうか」

そう言うとムネタケはフクベへと視線を向ける。

「……フクベ提督ともあろうお方が、まさかこんな艦に乗っていらっしゃるなんてね……」

「火星に行く……という話か?」

「ええ。既に火星は木星トカゲに占領されていますわ。そんな所に戦艦一隻で乗り込もうなんて……」

嘲うかのようにムネタケは言った。

「その様な事は儂とて百も承知」

「では……何故ナデシコに乗ろうと思ったのですか?」

それを訊いたのは、ムネタケではなくルリだった。

「オペレーターのホシノ君だったね? ……賭けてみたいのだよ。君達若者……特に、あの青年にな」

「……提督の決意、解りましたわ」

そういうとムネタケは廊下で待機させておいた部下達を呼んだ。

「提督を食堂までお連れしなさい。……くれぐれも丁重にね」

「Yes,Sir!」

フクベ提督が兵士に連れて行かれ、ブリッジを後にしたのを見届けた後、ムネタケはルリの方に視線を向けた。

「それじゃあ、次はアンタね」

「……何ですか?」

「アンタ、軍に来なさい」

「嫌です」

即答だった。

「な……っ!?」

まさか即答されるとは思っていなかったらしい。
ムネタケは鳩が豆鉄砲を喰らったかの様な顔をしている。

「私は、私の意思でナデシコに乗っているんです。ですから余程の事が無い限り、艦を降りるということは有り得ません」

キッパリと言い切ったルリ。
更に追い討ちをかける。

「それに……今の軍に入るつもりは毛頭在りませんから」

「な……なんでよ!? ――っ!!」

すると、今まで焦燥感で埋め尽くされていたムネタケの顔が元に戻った。
恐らく、ルリが軍に入らないと言う理由が見つかったのだろう。

「解ったわ…あの黒ずくめの男ね!?」

‘黒ずくめの男’つまりアキトの事だろう。

「ふふふ……図星ね? ……安心なさい。あの男の戦いを見せて貰ったわ、ミスマル提督は大変彼に興味持っていらしてよ。
 だからあの男もアナタと一緒に連合軍が引き取ってあげるわ」

勝ち誇った様に腰に手を当てるムネタケ。
しかし、ルリは平然としムネタケに、言った。

「ムネタケ少将、貴方は少し勘違いをしていますね」

「何よ?」

「先程も言いましたが、私は連合軍に入るつもりは在りません。そして、アキトさんもまた私と同じく連合軍に入るつもりは在りません。
 ……まあ、アキトさんが入れば私も入るだろうという考えたところまでは良かったですね。
 その点に関しては評価しましょう。」

「な……っ、何でよ!?」

「解りませんか? ……まあ、無理もありませんか」

「何よ!? アタシ達連合軍の何処が気に入らないって言うのよ!?」

先程の勝ち誇ったかの様な表情は何処へやら。
ムネタケの顔は焦燥で埋め尽くされていた。
そんなムネタケに止めを刺すかの様に、ルリは続けた。

「……貴方の様な無能が居るからですよ……キノコさん」

「……っ!?」

 

「……ルリちゃんも言う様になったな」

食堂でブリッジの様子を観ていたアキトは、ルリをあまり怒らせない方が良いな等と思いながら、行動を起こすべく準備をしていた。

「……そんな悠長な事を言っていて大丈夫なのか?」

同じく様子を観ていたゴートがアキトに問う。

「とりあえず、オモイカネによるガードがしっかりしていますから大丈夫でしょう。どうやら、ウリバタケさんが新しい防衛装置を開発したらしいですし」

が、答えたのはアキトではなく、プロスだった。

「ああ、確かにプロスさんの言うとおりだが、そろそろキノコの精神状態も危ない。このままだと何を仕出かすか解らん。
 ……動くぞ。頃合を見計らってゴートさんは他のメンバーを連れて格納庫を。プロスさんは残りのメンバーを連れて各部署を解放してくれ」

「了解した」

「解りました」

アキトは二人の了承を得ると行動を開始した。
ゲキガンガーを観賞しているガイ達に気付かれないよう、入り口に近づく。

「見張りは……全部で二人か」

扉越しに気配を感じ取る。

「俺が一人やる。その隙に二人は格納庫、及びその他の部署の制圧を」

「了解した」

「……解りました」

アキトは二人に指示を出すと再びブリッジの様子を観た。
どうやらムネタケはルリの言葉でキレたらしく、ルリに銃を向けていた。

「きぃ〜〜〜っ!!もういいわ!こうなったら強硬手段よ!!」

ルリに銃を向けるムネタケ。
だが、ルリは平然としていた。

「……はあ。自分の思う様にいかなかったら武力で何とかする……まるで子供ですね」

「〜〜〜〜〜っ!!」

「……やばいな。急ごう」

アキトは壁越しに敵が立っている位置まで行くと気を溜め始めた。

「はああぁぁぁぁ……」

アキトの闘気が一気に膨れ上がる。

「……木連式……波動撃!!」

瞬間、アキトは極限まで高めた気を掌に集中させる。

「はぁっ!!」

アキトは掌を壁に触れる紙一重の位置に突き出す。

「ぐはぁっ!?」

もの凄い衝撃音の後、兵士の呻き声が壁越しに聴こえた。
その隙にプロス達が外に飛び出し、残ったもう一人の兵士を気絶させる。

「それじゃあ後の方、頼みます」

プロス達に後の事を頼むと、アキトはブリッジに向け駆けた。

「……今一体どういう状況なんだ?」

アキトは三度状況の確認をした。
どうやら膠着状態になっているらしい。
しかし、アキトが安心した次の瞬間、ムネタケが動いた。

「さあ、これで行く気になったでしょう?」

銃を突きつけ、ルリに迫るムネタケ。
しかしルリは尚も平然としムネタケに言う。

「……昔の漫画では、こういう時ってこう返すそうですね」

「な、何よ……?」

「だが断る。でしたっけ? つまりそういう事です」

矢張り先程と変わらぬルリの態度。
だが、ムネタケの理性はそろそろ限界に近づいていた。

「……アンタに拒否権なんて物は無いわ」

「私は軍人ではありませんので、貴方の命令に従う理由が在りません。
 そして、それ以前に私は人間です。人間である以上、人権が存在し、それと同時に拒否権も存在します……そんな事も判らないのですか?
 無能以前の問題ですね。これならまだ猿の方がマシですね。……ああ、そもそもキノコだから猿以下でしたね」

ルリの相変わらずの毒舌に、遂にムネタケの理性は消えた。
そして、理性を失った人間は時として、言ってはならない事を言ってしまう。

「な……!? なんですってぇ!? 五月蝿い! 五月蝿いわよ、アンタ!! ……人形のクセに!!」

ムネタケはとうとう言ってしまった……禁句を……

「………………手加減はいらないな」

そしてそれはブリッジに向かっていたアキトの耳にしっかりと届いていた。

「オモイカネ、奴がルリに何かしようとしたら、ブリッジの照明を消してくれ」

すると、オモイカネも主人を侮辱されて怒っているのだろう。

【了解!ボッコボコにしちゃってください!!】

というウインドウを出していた。

「ふふふ……知ってるのよ、アタシは。……アンタがマシン・チャイルドだってね!アンタは人形なの!……人形は人形らしく人間の命令に素直に従っていればいいのよ!!」

その言葉にルリは流石に怒りを感じていた。

「……キノコさん、その発言の撤回をお願いします」

ルリのその声と眼は、明らかに怒気が孕んでいた。

「私にも……私達にも感情が有ります! 泣いたり、怒ったり、笑ったりするんです! ……恋だってします!
 ……それが人間では無いと言うのなら、私は貴方を絶対に許しません。私が総ての仲間に代わって、貴方を……」

ルリが言い終わる前に、彼女自身の頬を熱い衝撃が通過する。
頬を触って確かめると、手には紅い液体―血―が付いていた。

「つ……次は当てるわよ?! 五月蝿いのよ!? 人形のクセに!!」

ムネタケが叫ぶと同時に、ブリッジの照明が総て落ちた。

「な、なに!?何が起きたのよ!!」

(これは……アキトさんとオモイカネの仕業ですね)

すると次の瞬間、目の前に何かがボソンアウトする。
それに合わせ、ブリッジの照明が一斉に灯る。

「な……!?」

驚愕するムネタケ。
目の前には、テンカワアキトが立っていた。

「アキトさん……」

アキトはルリの方に振り向くと、彼女の頭を撫でた。

「……すまない、遅くなった」

ルリに遅れた事を謝罪すると、アキトは再びムネタケに視線を向ける。

「ヒッ……!!」

視線で人間を殺すことが可能であったならば、確実にアキトはムネタケを殺せたであろう。
それほどまでの殺意で、アキトはムネタケを睨んだ。

「……言い残した事はあるか?」

マントの中から銃を抜き、ムネタケへと向ける。

「あああ、アンタ! アタシを撃ったらどうなるか解ってるの!?
 しょ、少将なのよ!? アタシは! アンタなんかよりも……え、偉いのよ!? アンタ達一般市民なんかより…………ぐ……ぇ……」

「……死んでろ。このクズが……!」

ムネタケは言い終わらない内にアキトによって気絶させられていた。

「……アキトさん」

「……大丈夫か?ルリ」

アキトはルリをそっと抱きしめ、頬の他に怪我が無いか確認する。

「大丈夫です、掠っただけですから……」

「そうか……良かった。……それにしてもルリ、何故あんな挑発するような真似を?」

確かに今回の件は、ルリにしてみたら珍しいと言えるだろう。
ルリはたまに毒舌な時もあるが、挑発するような事は数える程しかない。

「……前回、キノコさんには酷い目に遭わされましたからね。お仕置きです」

「しかし、もし俺が間に合わなかったら……」

「大丈夫ですよ」

アキトの言葉を、ルリが遮る。

「だって……すぐに来てくれるって、信じていましたから……」

頬を僅かに紅く染めながら、ルリはそう言った。

「……ルリ」

「アキトさん……」

見詰め合う二人。
次第に二人の距離は縮まり、ゼロに…………

≪テンカワさん。此方は片付きましたよ≫

……ならなかった。

あと少しというところで、アキトのコミュニケにプロスから通信が入ったのだ。
二人は電光石火の勢いで離れる。

≪テンカワさん?どうかされましたか?≫

「……い、いや、なんでもない。此方も片付いた。コンテナの方は?」

≪既に放り込んであります。後はムネタケ少将を放り込めばOKです≫

「解った、それじゃあ今から向かう。準備しておいてくれ」

≪了解しました≫

プロスとの通信を切り、アキトはゆっくりとルリの様子を伺う。

「…………」

怒っていた。
それはもう、視線で人が殺せたら確実に殺せるぐらいの勢いで。

「……ルリ、そろそろ……」

「あ……ハイ」

アキトに話し掛けられ、ようやく我に返るルリ。

(……プロスさん、いくら貴方でも今のは許しませんよ)

何やら恐ろしい事を考えつつ、ルリはアキトと共にブリッジを後にした。

「よし、それじゃあ射出してくれ」

アキトがGOのサインを出すと、カタパルトが稼動し、ムネタケ等を詰め込んだコンテナが撃ち出された。
出入り口には、誰が提案し書いたのだろうか、「旬のキノコ詰め合わせ」と書かれていた。

トビウメ−応接室−

「ユリカ、おいしいかい?まだケーキなら沢山あるからな」

「モグモグ……ところでお父様、お話とは一体なんですか?」

ユリカがケーキを頬張りながらコウイチロウに訊ねる。
どうやらまだ話し合ってなかったようだ。いったい何をしていたのだ、お前らは……

「うむ、それなのだが……実は……」

≪提督、緊急事態です!≫

「……何事だね? 騒々しい」

部下からの通信で、父親の顔から軍人の顔へと一瞬で切り替える。
しかし、口元にクリームが付いているので威厳も何も在ったものではない。

「おっと、失礼。……で、一体何事だね?」

クリームを拭い取り、兵に再び尋ねる。

≪はっ……先程、ナデシコから通信が入り、『キノコとその一味を返却する。一部始終を収めたディスクも一緒に送るので、軍事裁判に利用されたし』との事です≫

「……一体どういうことかね?」

コウイチロウの眼が更に鋭くなる。

≪どうやらキノコ……いえ、ムネタケ少将はナデシコの拿捕に失敗。拘束された模様です≫

「それで? 彼等はどうやって少将を送ると……馬鹿な!!」

コウイチロウは見た。
ナデシコから実に勢いよくコンテナが射出される瞬間を……

「……何故ナデシコが動いている? ユリカ、マスターキーを抜いたのでは無かったのかね?」

「もぉ〜……お父様も抜くところを観ていたじゃないですか。それに、キーはちゃんと私が持ってます!」

そう言ってキーを見せるユリカ。

「では……これは一体……?」

するとユリカのコミュニケに通信が入った。

≪ミスマル提督。キノコは確かに返品しました。早く救助しないと浸水してしまうから気を付けてください。あんなクズでも、殺すのは流石に目覚めが悪いので≫


「待て、君は確かテンカワ君だったな。……一体マスターキー無しでどうやってナデシコを起動させた?」

≪ああ、その事ですか……簡単ですよ≫

そういうとアキトは一枚の書類を出した。

≪これは先程、ネルガルの本社から届いた書類です≫

コミュニケの焦点が書類に合わせられる。

「え〜と…………な! なんと!?」

「…………え……ふえぇぇぇぇっ!?」

書類にはこう書かれていた。

『前略――以後、艦長をミスマルユリカからテンカワアキト、副長をホシノルリとする。
 尚、テンカワアキトが出撃している際は副長が代理として艦の指揮を執るものとする―ネルガル会長アカツキナガレ―』

つまり、早い話がクビである。

≪艦長……いや、正確には元艦長だが……。これまでご苦労だった。今後は軍に戻り仕事をしてくれ≫

「ええ!? アキト、一体どういうこと? なんで私クビになっちゃったの?」

訳が解らず説明を求めるユリカ。
そんなユリカに対し、アキトは言った。

≪何処の世界に艦を放って、しかも無防備な状態にして、ケーキを食べに行く艦長がいるんだ!! ……まあ、実際にいた訳だが……。
 兎に角、今回の一件で会長は君に艦長を任せる事が出来ないと判断した。よって、君を艦長の任から解任することになった……以上だ≫

そして回線が切断され、二度とアキトのコミュニケに通信が繋がることはなかった。

「……少し強引だったのでは?」

通信を遮断したアキトにプロスが尋ねる。

「……良いんだ。これでアイツが火星の後継者に狙われる事は少なくなった……それに、この方が動きやすいしな」

言い終わると、アキトはマントを翻し、ブリッジを見下ろした。

「という訳で、俺が新艦長のテンカワアキトだ。副提督、パイロット……そして艦長も兼任しているが、パイロットとして出ている時は副長のルリの指示に従ってくれ。
 ……まあ、実質はルリが艦長みたいなものだな」

そう言って苦笑いをするアキト。
一気に場の空気が和んだ。

「どうも、副長のホシノルリです。アキトさんが出撃している際は私が艦の指揮を取ります。
 ……因みに、ナデシコの戦略シュミレーターでユリカさんのコピーと対戦してみました。
 結果は、アキトさんと私のチームは35分ジャストでユリカさんが指揮する艦隊を殲滅出来ましたので心配はご無用です。それでは、これからもよろしくお願いします」

いい終わると同時にブリッジの面々からは盛大な拍手が送られる。

「……ありがとうございます。それでは、先程は邪魔が入りましたので出来ませんでしたが……艦長、お願いします」

ルリがアキトにお約束を求める。

「ああ……」

アキトもそれに答え、言った。
しかし、二度ある事は三度ある。とも言われる訳で……

「―――っと」

機動戦艦ナデシコ――までは言えたのだが、続きを言う前にまたもや邪魔が入ってしまった。

「アキトさん、そういえば……」

ルリが小声でアキトに言う。

「……ああ、チューリップの存在をすっかり忘れていたな」

アキトは溜め息をついた後、状況確認を始めた。

「敵の数は?」

【小型のチューリップが一機、他に敵影は無し】

オペレーター席に着いていないルリに代わり、オモイカネが答えた。

「ありがとう。……どうやら既に連合軍の船……クロッカスとパンジーか? チューリップに飲み込まれたようだ。
 事態は一刻を争う。ミナトさんはフィールドを張りつつ、グラビティーブラストの準備をしてくれ。メグミちゃんはトビウメに射線上からの退避勧告を」

的確な指示を迅速にだすアキト。
それに伴ない、ブリッジのメンバーも迅速に行動に移る。

「アキト君、グラビティーブラストの方、いつでもOKよ♪」

「テンカワさん、トビウメの射線上からの退避を確認しました」

二人の報告を受け、アキトは更なる指示を出す。

「ミナトさん、VLS一番から十五番まで諸元入力。ミサイルがフィールドに着弾したと同時にグラビティーブラストを発射する」

「了〜解!」

ディストーションブレードの先端に装備されたVLSからミサイルが十五発発射される。
ミサイルはチューリップのディストーションフィールドに全弾命中、フィールドの出力が低下した。

「今だ! グラビティーブラスト、発射!!」

ナデシコから放たれた重力の渦は、チューリップのディストーションフィールドを容易く撃ち抜き、チューリップを爆砕させた。
本来なら、ミサイルを使わずとも簡単に沈めることはできたのだが、出来るだけナデシコのデータを取られないようにする為、わざとミサイルを使用したのだ。
前回の戦いに次いであっという間の海戦であったが、これがナデシコ自体の初勝利であった。

「え〜……それでは、今度こそ本当に……」

アキトは今度こそ、間違いなく言った。

「機動戦艦ナデシコ発進!! 目標は火星だ!!」

こうして、ようやくナデシコの航海が始まった。

 

第五話「三人娘」に続く


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