機動戦艦ナデシコ
時をかける者達

第五話「三人娘」

 

ムネタケの反乱の翌日、ナデシコは連合軍と非公式だが会談を行なった。
内容としては、ムネタケ少将による暴動事件の謝罪と、ナデシコの今後の活動、及びその所属の扱いが話し合われたが、結局双方の意見は物別れとなり交渉は決裂してしまったようだ。
結局、ナデシコは前回同様に地上からのミサイル攻撃を受けながら宇宙に向け上昇していたのであった。

―ナデシコ艦内―

大気圏突破を突破する為、現在高度を上げているナデシコだが、少々揺れていた。
ディストーションフィールドがあるお蔭で大気圏を突破する際の振動は無くなっている筈なのだが、揺れる。しかもかなり頻繁に。
それもその筈。
連合軍によるミサイル攻撃が、毎分20発以上のペースで着弾しているからだ。
今もまたナデシコに、数百発目となる着弾があった。

「……今ので何発目だ?」

「今ので……25じゅう……259発目ですね」

ルリが言い終わるよりも早く、次のミサイルが着弾する。
税金の無駄使いに呆れつつ、ルリは着弾数を数え続けていた。

「……本当に税金の無駄使いだな」

「ええ、ミサイルはディストーションフィールドに対して有効とは言え、ナデシコの出力では無意味だということを説明したと思ったんですけど」

一応、科学的な概念と、技術的理論などは連合軍にも情報を渡している。
従ってこうやってミサイルで迎撃をしている訳なのだが、史実よりも強化されているナデシコの出力では効果はまるで期待出来ない。
プロスが事前に何発のミサイルがあればフィールドを破る事が可能か計算したのだが、その結果に彼は眩暈を起こし挙句寝込んでしまったそうだ。
つまりそれほど大量のミサイルが必要になるという訳だ。
その報告書も渡しているのだが彼らは読んでいないのか、それとも怒りに我を忘れているのかその両方か。
矢張り上層部の連中は無能だと言うことだろう。

「……まあそれは兎も角、そろそろ成層圏だ。
 前回と同じならば、ステーションの方からそろそろデルフィニウムの部隊が出てくる時間だな。
 俺は迎撃の準備に出る。……ルリ、後を頼む」

そう言って、アキトはキャプテンシートから立ち上がる。
ちなみに本来、ナデシコにはキャプテンシートなる物は存在しなかった。
しかしムネタケの反乱の後、ユリカがナデシコから去り艦長に就任したアキトがブリッジの最上部、つまり艦長が居るべき場所を見て――

「……キャプテンシートとかありませんか?」

――とウリバタケに訊いたところ、取り付け可能という事なので改修工事を頼んだのだ。
因みに取り付け工事の際、ウリバタケにIFSコネクタを付けてもらうのも一緒にお願いした。
……という事情により、ナデシコの最上部には艦長席と副長用のオペレーターシートが設置されたのであった。

「解りました。ヤマダさんはどうしますか?」

「……ガイか。そうだな、これを機にアイツには戦闘の基本を教えなおすとしようかな」

「現在ヤマダさんは自室でゲキガンガーの鑑賞会をしてます」

「ありがとう。それじゃあ、そろそろ出撃準備をするよ」

「はい、ヤマダさんには私から伝えて起きます」

「解った。それじゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい。アキトさん」

――格納庫――

「セイヤさん、俺の機体、準備できてますか?」

格納庫に到着したアキトは、早速機体のチェックに取り掛かった。

「おう、テンカワ。オマエさんのはとっくに準備できてるぞ」

「ありがとうございます。それじゃあ、そろそろステーションからデルフィニウムの部隊が来ると思うんで」

そういって、フリージアのコクピットに向かってジャンプするアキト。
正確には、フリージアの格部位を足場に使い、上っていくといった感じだ。

「よし、コクリコ、準備はいいか?」

【はい。準備OKです、何時でも出れます】

「よし。ブリッジ、此方テンカワ……出撃準備完了。奴さんの状況は?」

≪アキトさん、現在宇宙ステーション『サクラ』からデルフィニウムの部隊の出撃を確認しました。迎撃してください≫

間髪入れず、ルリが応答する。

「了解、ガイは?」

≪ヤマダさんは先程脅……連絡したところ、すぐに行くとのことです≫

「……何をしたんだ……。 あ、来た来た」

モニターを見ると、丁度ガイが格納庫の扉を開けて入ってくるところだった。

「おい! テンカワ! いくら俺様に活躍されたくないからって、置いていくなんて非道いぞ!?」

【……なにやら随分勝手な事を言ってますが……】

「……無視しよう」

……賢明な判断である。

《ガイ、既にデルフィニウムがステーションから出撃している。早く自分のエステに乗るんだ》

「おう、解ってるって。ちょっと待ってろ!」

そう言って自分のエステに乗り込むガイ。
アキトと違い、ガイのエステには既に搭乗する為のタラップが準備してあった。
その為、ガイはスムーズにエステに搭乗することが出来た。

《よっしゃあっ!! 博士、俺様のゲキガンガーも準備出来たぜ!!》

「ゲキガンガーじゃねえっての!!……ったく。準備できたんなら、早くカタパルトまで行きな。テンカワに置いて行かれてるぞ?」

《テンカワアキト、フリージア……出るっ!!》

アキトがブリッジにそう告げると、カタパルトが稼動し、勢い良くフリージアを射出した。

《おい! だから置いて行くなっての!!》

そう言ってガイは急いでカタパルトに向かう。

《ダイゴウジガイ、ゲキガンガー……いっくぜぇぇぇぇぇっ!!!》


【マスター、ダイゴウジさんが追いつきました】

先に出たアキトは、敵が接近するのを待ちつつ、ガイが出てくるのを待っていた。

「そうか。武器は……持って……る!?」

【持っていたら何か不都合でも?】

前回の事を全く知らないコクリコがそう尋ねる。

「あ、ああ。アイツ……前回は変な作戦をやろうとして武器を持っていかなかったんだ。……だが、何故今回は持ってるんだ?」

不思議に思い、ガイと回線を開くアキト。

《どうした?テンカワ》

「どうやらちゃんと武器を持ってきた様だな。お前の事だから素手で立ち向かうのかとヒヤヒヤしたぞ」

そのアキトの言葉を聴いたガイは、呆れた顔をして言った。

《おいおい、何で俺が素手で戦わなくちゃいけないんだよ。危ねぇじゃねえか》

「いやなに、ゲキガンガーは殆ど素手で闘っていたからな。ゲキガンガーが好きなお前なら、その通りに戦うかな……って思っただけだ」

アキトの言うことも尤もだが、実際問題ゲキガンガーも丸腰で敵に立ち向かう訳ではない。
ゲキガンガーは素手で出撃するが、脅威の科学力によって、どこからともなくゲキガンソードなどを召喚し、それを手にして戦うのだ。
決して、素手で闘っているワケではない。
それで、アキトの感想を聞いたガイはと言うと……。

《アキト……オマエ、ガンダム観た事ないのか?》

……全く予想出来ない返答を返してきた。

「あれ? ガイってゲキガンガー以外にもロボットアニメを観ていたのか?」

《ん?……まあな。熱血が無かったから直ぐに飽きちまったけど。ああ、でもGガンダムとかは好きだったな。
 主人公とは、どうも他人ではない、何かを感じたぜ》

それでもかなり衝撃的な事実(?)である。
思考回路がゲキガンガー一色に染まっていないということは、まだ柔軟な思考を持っているということでもある。
これなら、ガイの再教育もスムーズに行くかもしれなかった。

――これも、歴史が変えてしまった所為……か? いや、そもそも――

アキトの思考はそこで中断された。敵機接近のアラートが鳴ったのだ。

【マスター、敵機接近。機数は十六機、二手に別れました】

「了解。……ガイ、そいういう訳だから、半分頼んだ。ナデシコに近づけさせるなよ」

《任せとけって、このガイ様に掛かれば余裕だぜ!!》

そういうと、いきなりスラスター全開で突進するガイ。

「……まあ、武器持ってるし……大丈夫だろう」

と言うことで、何も言わない事にしたアキト。
此方もスラスターを全開にして、レールカノンを装備して突進する。

「コクリコ、レールカノンの設定をフルオートに。敵の編隊を崩す。その後、乱戦になったら設定を3バーストに変更。各個狙撃して撃滅するぞ」

《了解!》

「ブリッジ、此方フリージア。これより戦闘を開始する」


アキトはスピードを落とすことなく、デルフィニウムの部隊に突撃する。
実戦慣れしていないのか、それとも此方のスピードが想像以上に速かったのか、先頭のエレメント(二機編隊)は回避行動すら出来ぬまま爆散していった。
するとデルフィニウム部隊は、先方がやられた事により浮き足立ち、次々にフリージアに狙撃されていく。

「……まだ実戦慣れしてないみたいだな。防衛ラインにこんな新兵ばかりを配置するとは……軍は何を考えているんだ?」

一機、また一機と確実に打ち落としていくアキト。
結局、四つのエレメントを撃滅するのに3分も掛からなかった。

「さて、こっちは片付いたが……ガイは?」

メインカメラをガイが戦っている宙域に向ける。
するとなんという事だろうか、あのガイがマトモな戦いをしているではないか。
マトモといっても、殆ど接近戦で、危険な機動ではあるが。
それにしても、前回の戦い方と比べられない程レベルが上がっているのだ。
ライフルを牽制に使い、イミディエットナイフやディストーションフィールドを拳に収束させた打撃など、状況に合わせて使い分けている。

「コイツは……とんでもなく良い方向に修正されていないか……?」

それだけでそう思えてしまうほど、ガイは変わっていた。

≪コイツで……ラストだっ!! 喰らえっ! ゴォォォォッドォッ! フィンガァァァァァッッ!!≫

【……ただの手刀じゃないですか】

なにやら元ネタを知っていそうなコクリコだけが突っ込みを入れていた。
彼女は俺が居ない間、何をしているんだろうか……。
兎に角、ガイの異常なほどのパワーアップのおかげで戦闘は第二防衛ラインの遥か手前で終了した。

「……意外に……かなり意外に早く終わったな……」

ついでに今回はジュンが居ないおかげで、面倒事が全て無くなっていたのだ。

≪此方ブリッジ。アキトさん、第二防衛ラインまでかなり時間が有りますが……どうしますか?≫

「……どうしようか。ガイがここまで変わってるなんて思いもしなかったからね……」

≪はい。……これは、良い方向になっているんでしょうか……?≫

ルリが少し不安そうに尋ねる。

「……まあ、これなら戦闘で死ぬことは無いと言っても過言じゃないな。
 プロスさんがスカウトしたんだから、元々かなりの素質だったんだ。それが、どういうわけか特攻癖が無くなって発揮しているんだから……」

≪良い方向……ですか?≫

「ああ、俺は……そう思う」

≪……解りました。ところでアキトさん、ヤマダさんは既に補給の為に帰還されていますがアキトさんはどうしますか?≫

「え?そうなの?」

ルリに言われ、初めてガイが宙域に居ない事を知ったアキト。

「道理で……静かだと思ったよ。……でも、もう帰還している暇は無さそうだ」

【……第二防衛ラインの軌道衛星から、大型対艦ミサイルの発射を確認。数は100、残り300秒でナデシコに着弾します】

アキトがモニターを見るのと同時に、コクリコがそう報告する。

≪……解りました。それでは迎撃をお願いします≫

≪えぇ〜っ!?≫

なにやら周りが騒がしくなったようだが、アキトは無視し、ルリに一言

「直ぐに還る」

と告げて、回線を遮断した。

―ブリッジ―

「ちょ、ちょっとルリルリ。いくらアキト君が凄いからってミサイルを全部撃ち落とすなんて……」

ミナトが講義するが、ルリが居る手前、不可能とは言い切れない。

「そ、そうですよ。ミサイルだって一発や二発じゃないんでしょう? 素人の私にだってそれ位は解ります」

メグミも、同じ様に講義する。

「アキトさんなら大丈夫ですよ。これ位なら朝飯前……ってヤツです」

アキトを信じているからこそ言える。
それが二人にも伝わったのか、直ぐに仕事に戻る二人。

「……そっか、ルリルリがそういうのなら大丈夫ね」

「信頼……してるんですね。なんだかそういうの、羨ましいな……」

―再び宇宙―

【着弾まで残り175秒です】

既に着弾まで3分を切っていた。

「……そうだな、カノン砲をフルオートに戻して……いや、此処は敢えてこのままでいくか」

【グラビティブラストも使わないのですか?】

「ああ、そんな便利な物を使っていると感が鈍るからな。
 なるべく使わない様にしたいんだ。たまには西部劇のガンマンみたいな事でもしてみようじゃないか」

ようするに、機械ばかり頼っているといざという時にどうにもならないということだ。

【了解しました。そろそろ来ます】

コクリコが言うように、既に肉眼で確認出来るほどまでミサイルは接近していた。

「おっと。それじゃあ……行くかっ!!」

アキト……フリージアはカノン砲を構え、ナデシコに一番接近しているミサイルから順々に撃ち落としていく。

「……やはりどうも数が少なすぎるな」

流星群よろしく、大量に迫ってくるミサイルを撃ち落しながら、アキトが呟く。

【何時もはどの位のミサイルを?】

「そうだな……とりあえず体感でこれの倍以上は軽く超えていたな……。
 まあ、その時は撃ち落すとかじゃなくて、ミサイルの弾幕を突っ切るほうだったが」

【それではこの程度のミサイルは楽勝ですね。次、あのミサイルです】

「了解」

その後もコクリコとの連携によって、ミサイルは一発もフリージアを抜く事無く、全て撃ち落とされた。

―ブリッジ―

「凄い……一つ残らず撃ち落としちゃった……」

「全部撃ち落とすのに1分掛かってませんよ……?」

「照準を定めてからトリガーを引くまでの間、およそ0,3秒と言ったところでしょうか。それを両手で別々の目標を同時に処理していたのですから、このくらいの時間ですね」

改めて、アキトの凄さを知った二人だった。

―三度宇宙―

「コクリコ、後続のミサイルは?」

【……大丈夫です。今のでラストの模様】

「そうか、ありがとう。……ブリッジ、ミサイルは全機撃墜した。これより帰還する」

≪はい、お疲れ様です。アキトさん≫

「さて……と、還ってからがまた面倒な事になるな……」

その言葉通り、帰還した途端、アキトは整備班に揉みくちゃにされるのであった。
その数分後、ナデシコは無傷のままビッグバリアを通過し、サツキミドリ2号へと進路を向けた。

「アキトさん、ちょっとよろしいですか?」

何時の間にか格納庫に来ていたルリに呼ばれるアキト。
何故格納庫に来たのかは鈍感なアキトでも解った様で、整備班とガイ(ガイは出番を取られたのが理由で。整備班は……最早言うまい)の猛攻をすり抜けると、直ぐにルリの下へ行った。

「ルリちゃん、ただいま」

「お帰りなさい、アキトさん。あの……今後の事で少しお話が有るのでちょっといいですか?」

「ああ、別に構わないよ。それじゃあ……展望室に行こうか」


―展望室―

「ルリちゃん、話って……今後の事だよね」

自販機でジュースを買ったアキトは、ルリにそれを渡しつつ尋ねた。

「はい、とりあえずキノコさんは追い出しましたので、ヤマダさんの件は大丈夫ですね。後は……」

「サツキミドリだな」

アキトがルリの後を継ぎ、言った。

「ええ……後1時間ほどで到着しますが、このままですと前回と同様に木星トカゲに襲撃されてしまいます。今回はアキトさんが居ますが……」

「それでも、万全は尽くさないとな。それじゃあ俺が先行して警備するよ」

「いえ、それも考えたんですが……」

「何か問題あった? ナデシコの護りならガイがいるし……いざとなったらボソンジャンプして戻ってくるし……」

「アキトさんのフリージア……動力源は相転移エネルギーですよね? それじゃあナデシコが行くのと同じですよ?」

そう、フリージアの動力源は確かに相転移エネルギーだ。
そして、どうも木星トカゲは相転移エネルギーに反応するらしい。
前回はナデシコが接近した為、トカゲが行動を開始したのだ。
だが、ルリは一つ忘れている事があった。

「ルリちゃん、確かにフリージアのエネルギーは小型の相転移エンジンから供給しているけど、もう一つ別のエンジンがあるんだ……って、教えなかったっけ?」

そう言い、記憶を探るアキト。

「……いえ、ありましたね。それなら大丈夫でしょう。
 でもアキトさん、それなら相転移エンジンを切って行けば大丈夫じゃないんですか?
 出力の問題でしたら、今回はサツキミドリに向かうだけですから、ナデシコが接近するまで恐らく戦闘はありませんし……」

確かに、相転移エンジンを切って行けば問題は無い。
しかし、アキトには別の理由も在ったのだ。

「いや、まだフリージアは外部装甲を外した状態での、無重力時の運動性能をテストしてないんだ。
 だからそのテストも兼ねて行こうかなって思ってね」

「そういうことですか。解りました。ブリッジの皆さんには私から言っておきましょう」

「頼む……ああ、それと、向こうにも連絡しておいてくれ。俺は格納庫で装甲を外してくる」

「解りました。気をつけて下さいね?(特にリョーコさんに)」

「ああ、それじゃあまた後で」

ルリの言葉の真意は、果たしてアキトに届いたのだろうか?
まあ今までの彼の行動や考え方を鑑みるに、こういった類の真意を遠まわしに伝えるというのは無理な気がしてならない。

―格納庫―

「セイヤさん、フリージアの装甲を外すのを手伝ってもらえますか?」

「ん?どうかしたのか?」

「いえ、少し無重力での運動性能のテストを兼ねて偵察に……」

と、適当に嘘を吐くアキト。
実際、宇宙空間でのテストはまだしていないので嘘ではないが……。

「なら別にかまわねぇぞ。今はテンカワが艦長なんだからな」

「有難うございます」

「なぁに、良いって事よ。さて、とっとと外しちまうか」

それから直ぐに装甲は外され、フリージアはテンカワspl改になった。
形状はエステバリスより少し大きめで、背中にはバインダーが付いている。
各部位には姿勢制御用の小型重力波ユニットがあり、それにより更に高機動の戦闘が可能になっている。
使用できる武装は以下の通り。

火星の技術で造られた抜刀術用日本刀「龍牙」と二本の小太刀「闇牙」と「光牙」。
龍牙は装甲を付けた状態でも使用可能だが、抜刀術は外した状態でしか行う事が出来ない。

次に超近接格闘用の「虎牙」。
これは腕部に付いているクロー状の武器で、小太刀と連携して使用する事が可能。
イメージとしては、アルストロメリアのクローに近い形状だ。
この様に、装甲を外すと完璧なまでに格闘専用機体に変化する。
龍牙は腰に、闇牙と光牙はバインダーの中に収納されている。
飛び道具は背中のバインダーのグラビティブラストがあるが、相転移エンジンが無い為、一度発射すると5分間機能が停止してしまうのだ。
まあ、殆どこの形態で戦闘を行う事は無いので特に問題は無いのだが……。

「よし、コクリコ、調子はどうだ?」

【良好です。矢張り、普段より軽く感じます♪】

やはりコクリコも女の子。体重が気になるのだろうか……?
AIが体重を気にするというのも不思議な話だが、人格をもったAIで、しかも女性という設定が成されている以上、仕方が無い話なのかもしれない。

「なんだか嬉しそうだな……まあいいか。ブリッジ、テンカワアキト発進するぞ」

短く告げると、フリージアは漆黒の宇宙へと飛び出した。

「ほう……確かに機動力が少し上がっているな」

アキトはサツキミドリに向かいながら、運動性能を調べていた。

【ですが、相転移エンジンが無い関係で使える武器は少ないので気をつけて下さい】

「ああ、解ってる。ん……そろそろ見えてきたな」

アキトの言うように、モニターにはサツキミドリ2号が映し出されていた。

「此方ネルガル重工所属、テンカワアキトだ。サツキミドリ、聴こえるか?」

アキトがサツキミドリに呼びかけると、直ぐに返事が来た。
予定通り話しは着いているようで、直ぐにアキトは入港する事が出来た。

「おい、そこのエステのパイロット」

入港後、アキトがフリージアから降りた時、その声は聞こえた。

「……俺の事か?」

そう言って声の方を向く。

「そうだよ、アンタ以外に誰が居るってんだ?」

「アタシ達?」

「だあああっ!お前は少し黙ってろ!!」

そこに居たのは、お約束なコントをしている戦友達だった。

「あはは。ごめんごめん」

……アマノヒカル

「五つのお面……五面……御免……ちっ、いまいちね」

……マキイズミ

「まったく……、そうだ……アンタ、ナデシコのパイロットだろ? オレの名前は……」

……スバルリョーコ

「……え?アンタなんでオレの名前知ってんだ?」

――しまった……声に出していたか?――

「いや、すまない。俺はナデシコの艦長兼パイロットのテンカワアキトだ。
 君の名前を知っているのはパイロットの名簿を見たからな。驚かせてすまない」

「ああ……そう言うことか。なら良いんだ……ん?ちょっと待て、なんで艦長のクセにエステに乗ってるんだ?」

「あ、それアタシも聞きた〜い!」

「……興味あるわね」

ということで、アキトはこれまでの事を三人に教える事になった。
……数分後

「なるほどな。それで、あのエステは? なんだか、かなりオレ達のヤツと違うぞ?」

「あれは俺専用の機体で、特注品だ」

「ふ〜ん。専用機なんだぁ〜」

「専用機……それは、エースの証。貴方は黒いから……黒い三」

「イズミちゃん、それ三人じゃないとダメだよ?」

「ち……残念」

……この二人は置いておこう。

「てこたぁ、少しは腕に自身はあるんだな?」

「……まあな。それがどうかしたか?」

大体予想は出来るが……。

「俺達と模擬戦しねぇか?」

「オレは模擬専なんだよー」

「だああああっ!! オメーはコーラサワーでも飲んでろっ!!」

「模擬戦……か。良いだろう、シミュレーターは?」

「あそこよ」

そう言ってイズミが格納庫の脇を指差す。
しかしまあ、なんというかもうお約束というか、案の定敵機襲来のアラートが鳴り響くのであった。

「どうやら、お客さんが来たようだな。悪いが、シミュレーションはナデシコに乗ってからだ」

アキトはそう言うと、フリージアに乗り込んだ。

「ちっ……しゃーねぇか。逃げんなよ?」

リョーコがそう言うと、三人娘もまた自分のエステに向かった。

「司令室、此方ナデシコ所属のテンカワアキトだ。もう少しでナデシコが到着するから、何とか持ち堪えてくれ」

≪了解した≫

「良し……テンカワアキト、フリージア……出るっ!!」

格納庫から出ると、既に周りはバッタの群に固められていた。
連絡コロニーであるサツキミドリ2号には大した防衛能力は存在しない。
リョーコ達が居たのが不幸中の幸いといったところだろうか。

「コクリコ、敵の数は?」

【バッタが四百機、カトンボが八隻となっています。その後方200kmにチューリップが1隻。増援の様子は今のところありません】

「了解……お、リョーコちゃん達も出てきたな」

サツキミドリを見ると、其々のパーソナルカラーに染められたエステバリスが出撃してきた。

《テンカワ、オマエの実力を見せて貰うぜ!!》

その一言がゴングとなり、たった4機でのサツキミドリ防衛戦は始まった。

【バッタ、前方1時と11時の方向から三機編隊にて接近】

「了解。さて……と、今回は格闘のみだからな。久々に暴れるか……!」

そう言うとアキトは機体を加速させ虎牙を展開させる。
バッタ程度の戦闘用AIでは、急に加速したフリージアに対応出来る筈も無く、まず11時の方向から来るバッタの編隊が餌食となる。
そして味方が攻撃されている隙を狙って接近してきたもう一つの編隊を「闇牙」と「光牙」を抜き、斬り伏せる。
その時間、僅か2秒。

「す……凄ぇ。たった2秒で六機も墜としたのか?」

リョーコはラピッドライフルで一機ずつ確実に墜としながら、アキトの戦い方を見ていた。

「ん? 今度は何やる気だ?」

アキトはわざと敵の密集地帯に突撃し、直ぐに離脱していった。
アキトの後ろにはかなりの数……80機以上はいるだろうか。
兎に角、かなりの数のバッタが追撃していた。

「ちっ、褒めた途端にこれかよ……思ったより強くねぇな」

しかし、彼女は直ぐにこの言葉を撤回することになる。

「仕方ねぇ、援護に……なっ、なにぃ!?」

 

「コクリコ、何機喰いついてきてる?」

【現在98機確認】

「そろそろだな。コクリコ、10秒後にディストーションフィールドを最大出力で展開してくれ」

【了解。……7……6……5……4……3……2……1……今!】

その合図とともにフリージアは急反転し、バッタの群に突撃していく。

「うおおおおおおおっ!!」

アキトの咆哮と共に、密集していたバッタが次々に爆散していく。
その中をアキトは重力波ユニットを駆使し、縦横無尽に駆け巡っていった。
数秒後、その攻撃により400機居た筈のバッタは僅か50機足らずになっていた。

「な……なんなんだよ、今の攻撃は……」

《アタシ速すぎて全然見えなかった……》

《ただのディストーションフィールドを使った体当たり……ではなさそうね》

三人とも、残ったバッタを墜としながらアキトの行動に驚愕していた。

「コクリコ、カトンボは?」

【5時の方向に八隻。鶴翼陣形でサツキミドリに接近中】

機体を反転させ、カトンボを見ると、確かに鶴翼陣形でサツキミドリに進軍していた。

「ちっ……やらせるかっ!!」

虎牙を収納し、龍牙に手をかけ、抜刀術の構えを取りながらカトンボに向かうフリージア。
その速さは、既に音速を超え、一筋の光へと変化していった。

「沈めっ!!」

最右翼に位置しているカトンボへ真横から突撃する。
アキトが艦隊を通過した瞬間、爆発が起きる。
密集していた所為で次々と誘爆していくカトンボ。
その巨大な爆発と閃光、及び金属片がチャフの代わりとなり、バッタ達の動きも乱れていた。

《……彼、今何したの?》

「だあぁぁぁぁっ! 真顔でそんな事訊くんじゃねえっ!!」

《それじゃあリョーコには見えたの?》

「う……」

沈黙、それは暗に肯定を意味する。

「つまり、全員見えなかったって訳ね」

音の壁を超えているのだから見えなくても仕方が無いのだが、そんな事は関係ないようである。
アキトはすれ違いざまに龍牙を抜刀、機関部を正確無比破壊して行ったのだ。
古代火星文明の技術が使われている龍牙と、アキトの技量があればこその神業だった。

《三人とも、直ぐにそこから退避してくれ!》

「な、なんだよいきなり」

と、言いつつもしっかり退避しているのは流石だ。
そして、リョーコ達が退避した丁度その瞬間、その場を黒い重力波が通り過ぎていった。

《……グラビティブラスト。ナデシコね》

見るとイズミ達の後方にナデシコの姿があった。

≪グラビティブラストを再度発射します。射線上の機体は退避してください≫

メグミの通信の後、直ぐにグラビティブラストが発射される。
その一撃は残っていたバッタを一掃した後、見事にチューリップを撃破した。

≪木星トカゲの全滅を確認。皆さん、お疲れ様でした≫

ルリからの通信が入り、戦闘の終了が告げられる。

《スバルさん、作戦終了だ。サツキミドリに帰還するぞ》

「あ、ああ。わかった」

こうして、たった四機だけの防衛戦は僅か10分程で幕を閉じたのだった。

ちなみにガイはというと、ちゃんとナデシコの護衛という任務をこなしていたのであった。
尤も、不平不満はたっぷり漏らしていた訳だが。

この後、ナデシコはサツキミドリ2号に入港。補給と機体、パイロットの受領を済ませると火星に向け進撃を再開したのであった。

 


第六話「火星」へ続く


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