機動戦艦ナデシコ
時をかける者達

 


ナデシコが地球を発ってから既に三ヶ月が経過していた。
その間に木星蜥蜴からの定期的な攻撃があったものの、前回と同じく本格的な戦闘になるということはなかった。
そして、前回の歴史で起きた通称「ウリバタケの叛乱」も発生し、歴史は多少の差異はあるものの前回と殆ど同じに動いていた。
何が言いたいかというと、つまり、現在のナデシコは火星を目前にして敵と戦闘中なのである。

 

第六話「火星」


《ちっくしょ〜っ!! 数が少し多いぞ!?》

《うるせぇぞ、ヤマダ! 男だったら文句言うんじゃねぇっ!!》

《ぼやかない、ぼやかない。どうせ火星に着いたらこれくらいは居るだろうしぃ〜……よ……っと》

《そうね、ぼやいたところでどうにかなるものではないわ》

戦闘中とは思えない会話をしながら、ナデシコは五対六千というハンデ……というか数の暴力の中、対等かそれ以上に奮戦していた。
それというのも、敵戦艦からの援護射撃、及び敵チューリップからの増援が無いからである。
何故かというのは、今から10分程前に遡って解説したい。


「ブリッジ、敵戦艦の数は?」

≪チューリップが1、カトンボ級が35、ヤンマ級が100です≫

ルリがそう言うと、モニターに敵艦の位置が映し出される。

「此方フリージア、了解した。これよりチューリップ、及び敵艦の排除に当たる」

それだけ告げると、アキトはウインドウを閉じ、機体を加速させる。
今までに同様の攻撃をされ続けてきた所為か、その行動の意図に気付いたバッタ達が壁を作り、進攻を邪魔する。
――が、ディストーションフィールドを展開し、矢の様に突き進むフリージアを止めるには至らなかった。

《目標まで残り10000……5000……》

コクリコがチューリップまでの距離を報告する。
それを聴き、残り1000を切ると同時にアキトは光牙と闇牙を抜刀する。

「沈めっ!!」

チューリップが展開しているフィールドを、抜刀した小太刀で相殺すると、機関部にレールカノンを撃ち込み離脱した。
遅れて、機関部から火花が爆ぜる。
火花は推進剤に引火し、チューリップはその身に大量の華を咲かせ、大爆発を起こした。
しかも密集隊形をとっていた為、爆発の余波により誘爆が起こり、艦隊は僅か二分で全滅してしまった。

「此方フリージア。敵艦隊の殲滅を確認、これより帰還する。エステ隊の指揮をリョーコちゃんに移す」

そう言ってアキトは帰還し、ブリッジに戻り戦闘指揮をしているのだ。

「ミナトさん、回避の方は主にランダム回避で。ミナトさんが危険だと判断した時に回避運動をしてください」

ランダム回避というのは、オモイカネ自身に判断させる回避の事である。
戦闘が激化する前に、オモイカネの経験値を上げておこうという配慮だ。

「了〜解!」

「方位2-7、11-5より敵機接近!数10、8。距離700!!」
                     
「ルリちゃん、ミサイルの弾頭を1番から6番まで通常弾頭から榴散弾頭に換装して迎撃。ディストーションフィールドの出力の状況は?」

「現在出力85%です」

「バッタの撃墜を確認」

「よし、エステ隊の状態は?」

「全機体に被弾無し。リョーコさんが補給の為帰還するとの事です」

メグミが即座に答える。
全員、ナデシコに乗艦する前に一通りのレクチャーを受けたとはいえ、流石である。

「それに伴い戦力が27%ダウンしました」

「了解。他の機体に抜けた穴のカバーを要請して。リョーコちゃんが着艦する瞬間に一時的にディストーションフィールドを消す。消すタイミングを間違えないようにね」

「解りました」
            
「それとCIWS(=近接防御火器)を起動。弾幕を張って着艦を援護する」

「了解」

的確且つ、迅速な指示を出すアキト。
これにより、開始から僅か40分程度で初の大規模な戦闘は終結した。


「ふぅ〜……やっと終わったぜ」

「ほんとよねぇ〜。久々の戦闘だから少し疲れちゃった」

「……流石に実戦は違うわね」

戦闘終了から10分後、ガイを除いたパイロット達はブリッジに集まっていた。
別に用がない場合は居なくても良いのだが、もう直ぐ火星に突入する―要するに火星を間近で観られると言う事だ―ともなれば、話は又別になるのだろう。
ちなみにガイは部屋に篭ってアニメ観賞とのこと。
ううむ、折角良い方向に修正が来ているというのに、このまま彼を引き篭もりにしたままでいいのだろうか。
一瞬、そんな事が脳裏を過ぎったが、根が熱血のガイのことである。特に問題はないのかもしれない。

「三人とも、お疲れさま」

キャプテンシートに座っていたアキトが三人を労う。

「おう、ありがとよ。アキトの指揮も良かったぜ」

「ほんとよね〜。あんなに居たのにたった40分で全滅だもん」

「主席を破った腕前は伊達じゃない……か」

「ははは……ありがとう。さて、もう直ぐ大気圏に突入するぞ……」

そう言ってモニターを見ると、モニターには火星が大きく映し出されていた。

「これが……火星」
                                         
「そうだ。……木星トカゲに占領され、地球からも見捨てられた惑星。……俺の……故郷だ」

その言葉を聴き、僅かだがフクベの表情が曇る。
しかし、それに気付いたのは――否、気付く事が出来たのはアキトだけであった。

「……思ったより、赤くないのだな」

 

「「「「「「はぁ!?」」」」」」

 

「ご、ゴートさん、いくらなんでも刻を止めるのは作品が違うんじゃないかなぁ〜……あはははは……」

「ヒカルちゃん、あまりそういったネタを言っても伝わらないよ」

その割には、アキトもなんとなく理解しているようであるが……。
まあ兎も角、このシリアスモードを一瞬で吹き飛ばすこの名(迷)台詞を残したのは……意外にもゴートだった。
彼はこの後、ミナトから指摘を受け、真っ赤な顔でブリッジから出て行った(逃げたとも言う)のはまた別のお話。
その後、ナデシコは降下予定ポイントに地上のいる敵を一掃し、順調に火星へと降下して行った。

「敵部隊の殲滅を確認しました」

「よし、これより大気圏に突入する。 ルリちゃん、パイロットの皆……あ、ガイだけだ。悪いけどガイをブリッジまで呼んでもらえるかな」

アキトの意図を察したのか、ルリは直ぐにガイを呼び出した。
5分後――

「よし、全員揃ったな。……それでは、これからの動きについてブリーフィングを行なう」

アキトはそう言うと後ろに下がってしまう。
どうやら説明はゴートに任せるらしい。

「それでは、今後の我々の行動について説明する。……ルリ君、頼む」

「はい。火星全域の地図を出します」

モニターに火星の地図が表示される。

「現在地はこの赤い点、避難民が居ると思われるのがこの三つの青い点だ。我々はまず二手に別れ行動する。
 このナデシコに一番近い点……シャングリラコロニー跡に向かうのはナデシコだ。
 もう一つのこの場所……ユートピアコロニー跡にはテンカワに行って貰う」

それを聴いて少なからず動揺が走る。

「せんせ〜しつも〜ん!」

そういって手を上げたのは意外にもヒカルだった。
いきなり先生などと呼ばれたゴートだが、華麗にスルーで対応してみせた。

「どうしたアマノ」

「どうしてアキト君なの〜?」

……まあ、事情を知らなければ尤もな質問だ。

「テンカワのエステは知っての通り特別製だ。従って、エンジンにもそれなりの改造がされており、重力波ビームによるエネルギーの補給をする必要が無い」

「……なるほどね。それなら先に行き、生存者の確認をして、ナデシコが着たら丁度乗艦出来るって訳ね」

「その通りだ。……他に質問は……? 無いようなら、これで解散とする」

アキトがそう締め括ると、アキトとルリは、展望室にて最後の打ち合わせを始めた。

「問題は……イネスさんでしょうね」

「まあそうなるな。彼女を如何にして説得するかが、救出作戦の鍵となる」

彼女は前回、ナデシコの乗艦を拒否した。
これは、ナデシコの現状の性能では火星の脱出が困難だという事を知っていたからである。
それに加え、ネルガル側の思惑としても、一番の目的はイネス博士の救助だ。
他の難民の救助というのは、建前にしか過ぎない。
彼女はそれも理解しているから、尚更ナデシコに難民を乗せるということを拒否するのだ。

「ですが、今回はちょっと違いますよ」

そう、難民の救助が建前というのは変わらないが、脱出が困難という点においては全く違う。

「確かに。現在のナデシコは俺達が技術の底上げをしたお蔭で、前回の性能を遙かに上回っている」

「それに、敵がどう動くかというのも予想がついています」

これまでの戦闘データを解析したところ、敵の布陣、出撃位置などに多少の変化はあっても、敵の戦力は変わっていなかった。
それに加え、戦闘パターンも同じで、奇襲なども無し。これは敵が前回と殆ど同じ動きをしてきたからだ。
どうやら、敵の出現パターンまでは歴史の影響を受けていない。というのがルリの分析結果であった。

「いや、それはまだ早計だろう。確かに敵の動きは掌握しているが、今後も同じように動いてくるかは分からない」

「確かにそれは言えますが、現状を考えて、ナデシコが火星を脱出できなくなるというのは99.9%ありません」

まあその数値はアキトが居るからこそ、弾き出せる数値な訳だが。

「まあその点では同意だな。じゃあ彼女にはナデシコの性能を知らせるとして、次の問題に入ろうか」

難民救出問題に次いで、難関な問題と言えば……。

「火星をどうやって脱出するか……ですね」

前回は一か八かの賭けによって脱出することに成功した。
しかし、今回はそこまで追い詰められる事は殆ど有り得ないし、そもそもボソンジャンプが出来る状態なので賭けにすらなっていない。
では、何が問題なのか。

「それも含めて、フクベ提督だな」

そう、前回無事に脱出できたのはフクベ提督のお蔭であろう。
だが、今回は別にフクベ提督の援護が無くても脱出できる状態にある。

「フクベ提督……、彼は恐らくこの世界でも死ぬ気だろう。」

「やはり、そうなってしまうのですか?」

「ああ、彼は彼なりの決意を持って、あの作戦に望んだ筈だ。彼の性格そのものが変わっていない限り、あの人は再び同じ行動を取るだろう」

「ですが、再び生き残れるとは限らない……ですか?」

「そう。前回は『偶然』生き残る事ができた。しかし、その偶然に本人の意思があるのかが分からない以上、その事象が再び起こると考えることはできない。
 彼のような軍人が、まだまだ連合軍には必要なんだ。」

しかし、その為にはフクベの作戦を止めなければならない。

「ようするに、監視してしまえば問題はないのでは?」

「極論だが、そうなるな。そうすると、脱出方法だが……」

「普通に戦って負ける相手ではないのですから、正々堂々と来た時と同じように出れば良いのでは?」

まあ、そうなる。
総合的に判断して、現在の敵ではアキトは勿論、ナデシコすら止めることは出来ないだろう。
そう考えると、わざわざジャンプする必要もなくなる。
まあ今回の場合、ジャンプした方が確実に地球に還る為の時間を節約できるので、その点で考えるとまたややこしい話になる。
とりあえず、現状はこのまま予定通り帰る。という方向で決定したようだった。


その後、会議を終えたアキトは出撃の時間が近づいてきたこともあり、パイロットルームへと向かったのであった。

 


「こちらテンカワ、予定通り出撃する」

ナデシコのリニアカタパルトからフリージアが射出される。
目的地はユートピアコロニー跡だ。

「なるべく説得が上手くいくと良いんだが……」

【そんなに頑固な人達なのですか?】

アキトの呟きに、コクリコが反応する。

「ああ、彼等は地球に見捨てられた人達だからな……。その見捨てた地球の連中を信用する気にはならんだろう? 
 それに、イネスさんが居るから一回の説得で全員の説得を出来るということはまず無いだろうな」

前回は助ける事が出来なかった火星の人々。

「……今度こそ、助けてみせる……!」

これまでは成功してきた。
しかし、それには本人達の『意志』が無い。
助けられる側の人達は、自分達が死ぬという事を知らない。
故に助ける事が出来た。
だが、今回のケースは『意志』がある。
故郷から離れたくないという『意志』。
自分達を見捨てた地球人を信じたくないという『意志』。
他にも様々な『意志』があるだろう。
アキトはその『意志』と戦わねばならないのだ。

「厳しい戦いになりそうだ……」

アキトは再度気合を入れなおすと、フリージアを加速させた。


第七話「救出作戦」へ続く。


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