機動戦艦ナデシコ

時をかける者達

 

 


「ほう……。ネルガルの艦が降下してきたか」

宇宙から落ちてくる一筋の光を見て、男はいう。

「は……。目的は恐らく火星に残る彼奴等の研究員達の回収かと……」

何時の間に現れたのか、男の周囲には、同じ服装をした男が六人ほど居た。

「仕掛けますか……隊長」

別の男が「隊長」と呼ばれた男に問う。
しかし、男は答えない。

「未だに生存している、火星人のシェルターを見つけ出す好機では?」

更に別の男が問う。

「…………」

男の重い口が、ようやく開かれた。

「……作戦を開始する」

蜥蜴のような笑みを浮かべ、男―北辰はそれだけを部下に伝えると、己の機体へと向かった。

 

 


アキトがナデシコから出発して凡そ30分程経った頃、フリージアのモニターにユートピアコロニーが映し出されていた。

「ナデシコ、此方テンカワアキト。ユートピアコロニーに到着、これよりシェルターの捜索に当る」

≪了解しました。アキトさん、先程ユートピアコロニーに落下したチューリップからボース粒子が確認されましたので注意してください≫

「ああ、それなら此方も先程レーダーが感知した。……これより着陸する」

アキトは、フリージアをコロニーから東へ離れた場所に着陸させた。

 


第七話「救出作戦」

 

 

「記憶が正しければ……だいたい此処か……?」

記憶を辿りながら、アキトはそれと一致する場所周辺の地面を叩いて調べる。
何度か繰り返すと、一部分だけ衝撃の伝わり方が違う場所があった。
アキトはそこだと確信すると、その場所を思い切り踏みつけた。
すると、踏みつけた地面が崩れ落ちる。
そうなると重力が働いているので、同時にアキトの身体も地下へと落下してくのであった。

「……入り口探した方が賢明だったな」

今さらな事をぼやきながらもアキトは空中で体勢を立て直し、見事に着地した。
アキトはすぐに辺りを見回す。
――すると、アキトが居る丁度目の前の位置から『10,00』と書かれたプラカードを持った女性が立っていた。

「……何時の間に用意したのかは知らんが……満点、ありがとう」

「どういたしまして」

その女性は、持っていたプラカードを放り投げると、アキトに近づいていった。

「貴方……何処のシェルターの人かしら……? 私の記憶が正しければ、ここから半径100km以内で、稼動しているシェルターはもう無い筈よ」

地上から落ちてきた不審な人物を前に臆する事も無く、その女性は問いかける。

「……俺の名前はテンカワアキト。はじめまして、イネス博士」

自分の名前を呼ばれ、そして本人の名前を聞いて、イネスはようやくその不審人物の正体が解ったようだ。

「テンカワ……アキト……。ああ、貴方がアキト君ね。話はプロスさんからよく聴かせてもらったわ。貴方が居ると言う事は……ナデシコね?」

「プロスさんから聴いているなら話は早いな。すまないが、周りの人達に銃を降ろす様に言ってもらえるか?」

「……あら、気付いていたの?」

「これだけ殺気を出されていては、気付くさ」

「ふふ……話と全く同じね……。貴方達、ご苦労様。彼は敵ではないわ」

そう言うと、周りから銃を降ろす音が聞こえた。

「ありがとう。……それで、乗艦してもらえるのか?」

「ふふっ……随分いきなりなのね」

「あまり時間が無いものでな」

「そうね……」

腕を組み、何やら考え込むイネス。
彼女の事だから、おそらく良からぬ事でも考えているのだろう。

「私が乗るのは社員契約が在るから仕方ないとしましょう。だけど、他の人達は乗るか分からないわよ?」

「それは……地球から来た船だからか……?」

「ええ……。彼等は地球の事をあまり良くは思っていないわね。で……? どうするのかしら?」

「説得して無駄なら……実力を見せるしかないだろう」

アキトは、ニヤリと笑みを浮かべながらそう答えた。
イネスにはその意味が通じたのか、半ば呆れ顔になっていた。

「イネス博士、このシェルターに接近する艦があります」

タイミング良く、報告が入る。

「アキト君、貴方も本部へ来てもらうわよ」

「もちろんだ。此方の状況も伝えなければならないからな」

イネスはただ「そう」とだけ呟き、白衣を翻して奥の扉へと向かう。
恐らくそこが「本部」の部屋なのだろう。アキトは何も言わずにイネスの後を追った。

「何があったの?」

イネスは部屋に入ると、間髪入れずに入り口付近に居た男―恐らく副官だろう―に問いかけた。

「ええ、このシェルターに近づいてくる艦影があります。艦種は不明ですが、恐らく木星蜥蜴の艦では無いと思われます」

それを聴き、イネスは感心したらしく理由を尋ねた。

「はい、まず一つ目に蜥蜴の主な艦船は無人です。従って、ブリッジ……まあメインコンピュータを収納するくらいならあるのでしょうが、窓なんてものは必要ありません。
 ですが、あの艦にはそれがある。即ち、人が乗っているという証拠です。次に、決定的な証拠は……アレです」

そう言って、モニターの映像を拡大させる。
カメラは精度こそ悪いものの、確かにナデシコを映し出していた。
恐らく、このシェルターは元々軍用の物だったのだろう。
見渡せばあちら此方にレーダーの計器や通信設備が備えられていた。

「……なるほどね。確かに、アレなら一目瞭然ね」

イネスの声に再度モニターに視線を戻す。

「確かにな。あんなのがついてれば一目で分かる」

アキトとイネスの二人が見つめるナデシコの一部分。
そこには鮮やかな紅で彩られた……デフォルメされた撫子の花と、会社のシンボルであるネルガルのマークがあった。

「ですね。博士……そちらの方が?」

「ええ、あの艦の人よ。ところで、今から少しあの艦へ行って来るから、後のこと宜しく頼むわ」

男は既に事情を知っており(恐らく監視カメラか何かで様子を観ていたのだろう)二、三、イネスと言葉を交わすと職務に戻った。

「さ、行きましょう。後1分程度で蜥蜴が来るわ」

「ああ。出口まで案内頼む」

そう言ってイネスは白衣を、アキトは黒い外套を翻し、司令室を後にした。

「貴方、もしかして最初からこれが目的だったの?」

地上へ向かう途中、イネスはアキトに尋ねた。

「ああ……。こうでもしないとイネスさんはともかく、他の人達は乗ってくれなさそうだからな」

「余程自信があるってことね。……ということは、アレは私の知っているナデシコではないという事ね?」

「そういう事だ。火星との交信が途絶えた後、俺とルリでナデシコを強化しておいた。……と言っても大した強化はしていないがな」

「わかったわ。それなら素直に特等席で見物させてもらおうかしら」

程なくして、二人は地上に辿り着いた。
そこには既にフリージアが待機しており、何時でも離陸できる態勢をとっていた。

「これが……貴方の機体なの? エステバリスとは違うみたいだけど……初めて見るタイプね。ネルガル製なの?」

「一言で言うと、エステとは全く別の代物だな。まあ、ベースはエステだったのだが、改造を重ねる中にエステとは呼べない機体になった訳だ」

アキトはコックピットに乗り込みながらイネスに答える。

「さあ、時間が無い。乗ってくれ」

「あら、中に入れてはくれないのかしら?」

「生憎と、一人乗りなもんでね。すまないが我慢してくれ」

イネスは溜息を吐きつつも、フリージアの腕に乗った。
知っての通り、エステバリスは本来一人乗りなのだが、人がもう一人くらい乗れるスペースは確保されている。それはフリージアとて同じ事である。
従って、コックピットにイネスを入れることも可能なのだ。
だが、そんなことをしていたら様々なタイムロスが生じてしまう。
それを理解していたからこそ、イネスは他に何も言う事無くフリージアの腕に乗ったのだ。

「コクリコ、状況を教えてくれ」

イネスをナデシコに乗り移らせた後、アキトはエステバリス隊と合流した。

【先程、ユートピアコロニーに落下したチューリップからボソン反応を確認。
 その後、各地で活動を停止していたチューリップが活動を再開。現在、そのうちの1機がシェルターに接近中です】

フリージアのモニターに現在位置と、そこから半径50kmの情報を記した地図が浮かぶ。
それによると、ナデシコから大分離れた位置にチューリップの機影があった。
おそらく後2分もしない内にバッタ等がジャンプしてくるだろう。

――しかし、一隻だと……? 本陣にしては少ない……。何か裏があるのか……?――

≪エステ隊の皆さん、聞こえますか? 現状をお伝えする間も無く皆さんに出撃して頂いたので、今のうちに現状をお伝えします≫

ルリから突然通信が入る。
どうやらこの戦闘の意義を、皆に伝えるようだ。

≪現在、ナデシコはシェルターに避難している方々を救助する為に行動しています。ですが現在、ナデシコへの乗艦を拒否する……と言う人達が大勢いるようです≫

それを聴き、事情を知らないパイロット達から……いや、パイロットだけではなさそうだ。
ウインドウの向こう……ブリッジからも驚愕の声が上がっていた。

≪ちょっとまて! 遥々地球から救助に来たっていうのに、なんで素直に助けられねぇんだよ!? そこら辺をちゃんと説明しやがれってんだ!!≫

リョーコが抗議の声を上げた……しかも禁句付きで。

≪説明しましょう!!≫

その抗議を……正確には禁句を聞いて、一人の女性が立ち上がった!!
そう、イネス・フレサンジュである。

《ン? 誰だアンタ?》

≪私はあのシェルターのリーダーを勤めさせてもらってる、イネス・フレサンジュよ。
 私が今この艦に乗っているのは契約上仕方の無い事だけれど……ハッキリ言って私達全員、ナデシコに乗って地球へ避難するなんてことは、例え札束で頬を叩かれても願い下げね≫

なんだかとんでもない例えだが、イネス達の決意が伺える。
それと同時に、イネスの主張は反論の隙を与えぬ程の迫力があった。

≪いい? 貴方達地球の人達は、私達……火星を見捨てて逃げ帰ったのよ。それが今更助けにやって来た……?
 人を馬鹿にするのもいい加減にしてもらいたいわね。貴方達が見捨てたわけじゃないけれど、私達は地球の人達を信じる事は出来ないわ≫

『火星を見捨てた』……この言葉はフクベ提督にとって、身を裂く様な言葉だっただろう。
恐らくイネスも、横にフクベ提督が居たからこそこの言葉を使ったのだろう。

≪それと、貴方達は一度も蜥蜴に背を向けず勝利してきた様だけど……ハッキリ言って、それは相手が本気じゃなかったからよ。木星蜥蜴が本気を出したら、貴方達は恐らくミンチね≫

≪な……っ!! じゃあ今までのはほんの小手調べだって言うのかよ!≫

ガイが反論するが、それも直ぐに返されてしまう。

≪そうよ。だいたい貴方達は蜥蜴に対してどれ位の力を持っているって言うの?≫

≪へっ……! こっちには新兵器が……≫

≪ディストーションフィールドとグラビティブラストの事? もしそれのことだったら、尚更貴方達に付いていく気がしなくなるわ≫

≪なっ……!?≫

予期せぬ反論に、思わず絶句するガイ。
それは他のメンバーも同じらしく、皆驚愕の表情をしている。

≪そもそも、これらの装備を先に実用化したのは蜥蜴の方であって、人類はそれを真似したにすぎないわ。
 それに話は少し変わるけど、ナデシコを設計したのは私よ? だから言えるわ。私の設計したナデシコでは火星からは脱出できない……それは艦長にだって解っていた筈よ≫

イネスの口から『艦長』という単語がでて、一気にアキトへ視線が集まる。

≪アキト……本当……なのか?≫

「ああ……本当だ。だから手を打って置いた」

アキトの突然な発言と、急な展開に殆どのメンバーが混乱しているようだった。
事実、頭の回転が速いイズミでさえ、言葉を失っている。

≪ど、どういうことだよ……?≫

「つまり、ナデシコを強化しておいた訳さ」

≪そういうこと。ナデシコの強化と……何より、アキト君が居るという時点で私の計算は狂ってしまった。……これが私の唯一の誤算ね≫

「そうだ。だからこの戦闘で俺達が強い事を理解してもらえれば、避難民も不満だろうがナデシコに乗る」

≪……そういうことよ。私達だって犬死はしたくないの。……理解して貰えたかしら?≫

≪つまり、勝ちゃあいいんだよな?≫

今まで黙っていたリョーコが言う。

「ああ、いつもの様にやればいい。この戦闘の目的は、俺達が蜥蜴に対抗出来る事を、避難民に教える事だ」

それを聞き、彼方此方で安堵の息が漏れる。

≪え〜……納得して頂いた所申し訳ないのですが、敵に完全に囲まれました≫

どうやら説明している間に敵に包囲された様だった。
よく攻撃されずに済んだものである。

「細かい事は後で説明する! 今は敵を倒す事だけのみを考えろ!!」

≪≪≪≪応っ!!≫≫≫≫

即座に散開し、戦闘が開始された。

「コクリコ、状況は?」

【バッタが約五万、ヤンマ級、カトンボ級が三千といったところです。現在、増援の反応は無し】

「成る程、数で封じ込めようって魂胆か。了解、一気にチューリップまで行くぞ!」

【了解!!】

意識を集中し、アキトはフリージアを加速させる。
しかし、どうやら敵も学習しているようで、ナデシコや他の機体よりもフリージアを優先的に包囲していた。

≪アキト! 大丈夫か!? ……うぉっ!!≫

ガイが救援に駆けつけるが、思う様に近づけないでいる。
それはリョーコ達も同じ様で、多すぎる敵の為に思う様に動けないでいた。

「ちっ……。このままでは不味いな」

アキト自身は特に問題はない。
圧倒的な機体性能の差、それに技術があるからだ。
だが、リョーコ達には技術はあっても、アキトの比ではない。
いつかは体力や精神に限界が訪れるのだ。

「仕方ない……全員、ナデシコも含めて全員……俺の声が聴こえるか!?」

返事は直ぐに全員から返ってきた。

「バッタは俺が引き受ける。エステ隊はナデシコを援護しつつ、チューリップの掃討に当たってくれ」

≪ちょっと待て!! 幾らなんでもそれは無茶だぜ!≫

≪アキト君……死ぬ気?≫

≪そうだよぉ! 幾らアキト君でもこの数はヤバイと思うよ?≫

「大丈夫だ。自殺願望なんてないし、なにより……敵は俺に集中している。本陣を叩くなら今しかないだろう?」

≪……ちっ。仲間を置いていくのは好きじゃねぇが……。アキト! ヤバくなったらちゃんと呼べよ!?≫

「解ってるさ……ガイ。頼りにしてるぞ」

≪へへ……っ。任せとけって! スバル達も行くぞ!≫

≪アキト……死ぬなよ!≫

≪危なくなったら呼んでね!≫

≪死水は取ってあげるわ……≫

ガイに促され、リョーコ達も離脱していく。
それを見届けた後、アキトは呼吸を整え、モニターを見つめる。
目の前には空を黄色に染める殺戮兵器の大群。
レーダーを見ても、周りは見事に真っ赤だった。

「さあ……少しだけ本気を出してやる……」

神経を尖らせ、意識を集中させる。
その瞬間、アキトとフリージアは一つになる。

「うぉぉぉおおおおおっ!!」

咆哮し、突撃するフリージア。
一対三万の戦いの合図であった。


―ナデシコ・ブリッジ―


「テンカワ機、突撃しました!!」

メグミさんの、叫びにも似た報告が響く。

「ルリルリ……」

ミナトが不安そうに私を見つめる。

「大丈夫です。アキトさんはあれくらいで死んでしまう人ではありません。
 それに、本当に危険でしたら、私はアキトさんを止めていますから」

強がって言っては見たものの、指先は震えていた。

『大丈夫、アキトさんはいつもアレくらいの数を相手にしてきた』

そう思っても、やはり身体の震えは止まらない。
こんなことでは駄目だ……。
アキトさんが頑張っているんだから、私もやれる事をやらないと。
そう……アキトの元へ大部分の敵が集中しているとはいえ、本陣にはかなりの数の敵がいる。
特に戦艦クラスはエステ隊では手に負えない。
ルリは一度深呼吸し、気持ちを落ち着けた。
目を開けると、震えは止まっていた。

「ミナトさん、回避行動はお任せします。メグミさんは状況をエステバリス隊に随時伝達をお願いします」

これでいい。
私は、今出来る事をやるだけ……。
だからアキトさん、無事に還ってきて下さい……。

「ヤマダ! 後ろだっ!!」

《うぉっ! ……あぶねぇあぶねぇ。助かったぜ、スバル!》

間一髪、敵の攻撃を避けるガイ。予想以上に敵は多く、中々前進できない。

≪ちっくしょー……倒しても倒しても限がねぇ!!≫

それもその筈で、前方のチューリップからは、再びバッタが出始めていた。
アキトが次々とバッタを撃墜してく中、それと同時にバッタの数も増えているのだ。

「ちょっと待てよ!! なんであんなに沢山入っているんだ!?」

リョーコが叫ぶ。ボソンジャンプの事を知らない人間が見れば確かにそのとおりだった。

≪説明しましょう!!≫

イネスがここぞと言わんばかりに出て来るが、何者かの手によって遮断されてしまった。
すると今度はルリから通信が入る。

≪イネスさんの解説によると、チューリップは一種のワープ装置で、プラントから直接この空域に出現しているそうです≫

≪つまり、チューリップを墜とさないと……≫

「無限に出て来る……ってことか」

≪言ってるそばから何か沢山出てきてるぜ?≫

ガイの言う通り、チューリップから更に増援が出現していた。

≪不味いわね……≫

イズミも、最早ギャグすら言えない状況だ。
何しろ既に周りは敵だらけ。状況は最初の段階に戻っていたのだ。
――ナデシコは、徐々に押されつつあった。
一方、アキトは三万のバッタをおよそ6分で千機にまで減らしていた。

「コクリコ、ナデシコの方はどうなってる?」

≪増援が再開されて、大分苦戦している模様。このままでは……≫

「ナデシコ、此方フリージア。援護に向かうからなんとか持ちこたえてくれ!!」

≪すまねぇ、アキト。なるべく早く来てくれ!≫

アキトはスラスターを吹かし、ナデシコへと急いだ。

「グラビティブラスト収束放射。目標は正面のカトンボです」

「了〜解!」

「ディストーションフィールド解除、発射体勢に入ります!」

メグミの報告を聞き、ルリはバッタの迎撃をする為CIWSを起動させる。

「前方よりバッタ接近……数、十五!」

「構いません。グラビティブラスト……発射」

ナデシコから放たれた漆黒の波は、迫り来るバッタを破壊し、ディストーションフィールドを展開しているカトンボを容易く撃沈した。

「まさか……これほどまでに強化しているなんて思わなかったわ」

ブリッジの最上段――艦長席の後ろで戦いを見ていたイネスが呟く。

「ええ……。アキトさんとルリさん、そしてウリバタケさんが強化しましたからねぇ。私も、これほどとは予想しませんでしたが……」

隣に居たプロスが応える。
再びモニターを見ると、二隻目のカトンボが沈んでいく処だった。

(これほどの強化をするなんて……あの二人、一体何者なの……? プロスさんが言うには、未来人という事だけれど……。
 まさか、本当の話だったのかしら。でもそれなら、確かに辻褄が合うわね……)

一応、プロスから二人の経緯は説明されていたのだが、やはり人間、自らの目で見て確認しないことには、その現実を認識するというのは難しいことだ。
イネスの思案を他所に、ナデシコは三隻目の標的を墜としていた。

 

激戦を繰り広げるナデシコより、少し離れた所でそれを観察する七つの影があった。
全員編み笠を被り、錫杖を持った影は言わずもがな、北辰七人集だった。

「あの黒い機体、矢張り危険ですな」

「あの状況下を切り抜けるとは……彼奴は一体……?」

そんな部下の言葉を聞き流しつつ、北辰は黒い機体―アキトに、自然と親近感に似たモノを感じていた。
恐らく、同じく暗殺―否、人を殺めると言う点での感覚を共有できる者しか感じる事の出来ない、そういった類のモノを感じたのだろう。
簡単に言うならば……自分と同じ匂いを感じたと言ったところだろうか。
北辰は邪悪を孕んだ笑みを浮かべながら、観察を続けた。

 

グラビティブラストの直撃を受け、轟沈するカトンボ。
密集するような隊列を取っていた敵艦隊は、次々と誘爆を起こし、運命を共にすることとなった。
そしてそこに生じる僅かな隙を、ルリは見逃さなかった。

「グラビティブラスト最大出力で放射。目標はチューリップの口です」

誘爆から逃れる為に隊列から離れたカトンボ。
その後方に、今まさに増援をジャンプアウトさせようとしているチューリップの姿が見えた。
ルリの指示を受け、寸分の狂いも無く照準を合わせるミナト。
僅かな衝撃の後、最大まで収束されたグラビティブラストはディストーションフィールドを紙の様に貫通し、増援ごと見事にチューリップを打ち抜いた。
爆発、炎上し、轟沈するチューリップ。その衝撃波は生半可なモノではなく、周辺に退避していた無人兵器を尽く破壊した。

「チューリップ消滅を確認。……バッタも共に反応消失しました」

メグミの報告を聞き、ブリッジに安堵の息が漏れる。

「一時はどうなるかと思ったわね……」

イネスの声が、ブリッジに響く。
しかし、それに返事をする者は居なかった。
ブリッジ、及び各エステパイロット達は初めて経験した大規模な、しかも圧倒的不利な状況での戦闘に、疲弊しきっていたのだ。
この場で、平然としているのはやはりというか、イネス、ルリ、アキトの三人だけであった。

≪――作戦終了。これより帰還する≫

アキトの声で、ようやく気を取り戻したクルー達は、疲れを感じさせない動きでエステの収容作業を開始した。

「さて、これで我々の力が解って頂けたと思うが……」

ブリッジに戻ったアキトは、イネスにそう切り出した。

「あれだけ見せ付けられて認めざるを得ないわ。今からもう一度、シェルターに戻るわ。彼らも今の戦いを観ていたと思うから、説得にはそれほど時間は掛からないわ」

「では、イズミさん。ヒナギクでイネスさんをシェルターにお連れしてください。他のパイロットの皆さんは、ヒナギクの護衛をお願いします」

「分かったわ」

各々返答を返し、その場を離れていった。
後に残ったのは、ブリッジの要員と、アキト、ルリ、イネスの三人だけだった。

「どうした、行かないのか?」

「いえ、貴方達に訊きたい事が山程あってね……。どれを最初に訊こうか迷っているのよ」

「機密に関することでしたら、後程艦長室にて受付ますが?」

「そうね。こんな所で機密は話せないわね。それに、地球に着くまで時間は沢山ある訳だし……」

「そうした方がいい。もうすぐヒナギクの準備が終わる。彼女達を待たせないでやってくれ」

「分かったわ。艦長さん」

そういうと、イネスもブリッジを後にした。
数時間後、難民達の説得に成功したイネスは、ナデシコにその旨を報告。
ナデシコは無事に難民を収容する事に成功したのであった。

 

 

その夜、ナデシコ艦長室。
そこには部屋の主であるアキトと、ルリの姿があった。

「それで?話というのは……」

「はい、今日の戦闘の直前に、ボース粒子が観測されたのを覚えていますか?」

「ああ、確か……ユートピアコロニーに到着する直前だったな。此方では特に問題は無かったが?」

「これを見て下さい」

そういって、ルリはコミュニケで一枚のグラフを映し出す。

「これは、ボソンジャンプを行なう時に計測される、ボース粒子の量を物質別に分けたグラフです」

ルリの言うままにそのグラフを読んでみると、そこには木星側、地球側の兵器がボソンジャンプした際に計測される、ボース粒子の量が書かれていた。

「そして、これが今回計測されたボース粒子の量です」

別のウィンドウに、新たなグラフが現れる。
そこには、現在判明している敵機動兵器との照合失敗の文字があった。

「……つまり、敵の新兵器という事か」

「現時点でデータベースと照合出来ないとなると、その点が濃厚です」

「成る程。質量からみて、恐らくはジンタイプか……?」

「かもしれません。ですが、確証はありません」

「とりあえず、これは注意しておかなければいけないな」

早すぎるジンタイプの登場。
それは、アキト達がもたらした歴史の変動なのか、それともこの時間軸では必至の運命なのか。
どちらにしても、これから先は気が抜けない戦いになりそうであった。

 

 


 

 

第八話「変わりゆく歴史」に続く

 

 

 

 


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