「識別完了……クロッカスです!」
「うっそぉ〜! だってあの戦艦、チューリップに吸い込まれてたじゃない!? それがなんでこんな所にあるのよ?」
ユートピアコロニー付近での戦闘に勝利したナデシコは、ネルガルの施設へと向かっていた。
しかし、その途中でとんでもない物を発見した。
そう、地球でチューリップに吸い込まれた筈のクロッカスが、火星の大地に横たわっていたのだ。
まあ事情を知っているネルガル関係者にしてみれば、大した問題では無いわけだが。
機動戦艦ナデシコ
時をかける者達
第八話「変わりゆく歴史」
「とりあえず、後で調べてみることにしよう」
地球でチューリップに飲み込まれた筈の戦艦が火星にある。
ということで、一時艦内は騒然となった訳だが、アキトのこの一言でひとまずは沈静化したようだった。
とりあえずイネス回収という第一目的と、難民救出というお題目も達成したナデシコは、次の予定である研究資材の回収にネルガル研究所火星支部に向かった。
研究所の調査が終わり次第、資材搬入と同時にクロッカスの内部調査を行なうという段取りである。
「君は……、あまり驚かんのかね?」
不意に、後ろから声をかけられる。
その人の気配を先程から感じていたアキトは、然程驚いた素振りも見せず、ゆっくりとその人物のほうを向いた。
「君は、火星に住んでおったそうだな……」
「ええ、その通りですフクベ提督。
俺は嘗て、ユートピアコロニーに住んでいました。
……と言ってももう8年近くも前の事になりますが」
「その割には、あまり嬉しそうではないな」
「この地には、もうあまり良い思い出はありませんので」
アキトがそういうと、フクベはゆっくりと語りだした。
「儂は、経緯がどうであれ……この惑星を見捨ててしまった。しかし、それが間違いだったとは思ってはおらん。
ああしなければ、艦隊は全滅し、現状を地球側に報告することも出来なくなる。
そうすれば、本当に火星は孤立してしまうところだったのだ」
アキトが言った「良い思い出がない」と言うのを、解釈し間違えたのだろう。
フクベは自らの心境を語りだしていた。
「提督、俺は貴方を非難する立場にありません。ですので、自らを責めるのはお辞め下さい」
「それは……、君が副提督だから、かね?」
「いえ、本来ならあの戦闘は……止められた筈の出来事だからです」
その言葉を聴き、フクベの目が僅かだが開かれる。
「出港時から思っていたのだが、君は一体何物かね?
データベースを洗ってみても、君の様な軍人は今までに見たことがない。
かといって、戦いを好む傭兵でもない。……むしろ君は戦いを好まない人種だと、儂は考えておる」
「……ありがとうございます。ですが、その事はまだ俺の口からは言えません。
提督に、生きる……生き残るという意志さえあれば、いずれお答えすることになるでしょう」
「生きる……か。この儂に、そんな事が赦されるのだろうか……」
そういうと、フクベは自分の掌を見つめる。
その目には、一体どの様に映っているのだろうか。
「罪を償う為に死を選ぶというのは、決して正しい事ではありません。それに、今の連合軍には貴方の様な、現実をしっかりと認識した人物が必要です。
今の連合軍には、ミスマル提督の様な模範とすべき提督ばかりではありません。ムネタケ少将の様な膿が、未だに溜まっているのです。
提督、貴方が本当に罪の意識を感じているのであれば、今の軍部を自浄する為に力を尽くす。それが、亡くなった人たちに対する償いとなるでしょう」
「……成る程な。そこまで知っているというならば、君の考えに従おう。ふふ……っ、この歳にして、人に何かを教わろうとはな……」
そういうと、フクベは自らの座席へと戻ったのであった。
研究所の調査が終了し、資材をナデシコへと移す作業に入ったので、クロッカスの調査が開始されることとなった。
ちなみに、難民の数と併せればナデシコが火星で積み込む荷の量は結構な数となる。
資材などは、格納庫の空いている部分や倉庫などに入れておけば問題は無いのだが、難民はどうしたのだろうか。
十人程度であれば乗組員が増えても問題ない造りにはなっているものの、百人規模での収容となると、流石に通常では不可能である。
では、ナデシコはどうやって難民を収容したか。
答えは簡単である。
元々、ナデシコに乗っている乗組員の数を減らしたのだ。
艦内の整備や、清掃、警備などをオモイカネ主導のロボットに任せた結果、ナデシコは画期的に少人数で運用することが出来るようになった。
つまりワンマンオペレーションシステムの思想をナデシコは早くも取り入れているのだ。
現在、ナデシコに存在する部署は、整備部と食堂科、それにブリッジ要員くらいである。
その結果、難民の収容が可能となったのだ。
「さて、それでは捜索隊のメンバーを編成する。……ルリ君」
ゴートが指示すると、モニターにクロッカスの状態が表示される。
「現在、クロッカスに熱反応無し。表面は完全に凍っていて、内部から脱出したような形跡もありません」
「ね、熱反応が無いってことはよ……、乗組員は居ないってことだよな?」
「しかも、出てきた形跡が無いってことは……」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「まだ全滅したとは限らんぞ。……と言っても、この状況下では厳しいかもしれないがな」
とは言うアキトだが、実際は全滅しているのを知っている。
何せ、あの二隻はディストーションフィールドも無ければ、クルーは全員地球人である。
これで生きていたらこの世界は根本的な設定から違っていることになる。
「とりあえず、メンバーは以下の通りだ」
ゴートが次々と捜索隊のメンバーを読み上げる。
編成は――
捜索隊:ゴート・ホーリー イネス・フレサンジュ テンカワ・アキト
護衛:ヤマダ・ジロウ スバル・リョーコ
となった。
ヒカルとイズミはナデシコの護衛という形で残ることになる。
「では、今から30分後に捜索を開始する。各自、準備を頼む」
「……ゴート君」
そのまま解散となる筈であったが、意外な人物から挙手があった。
……フクベ提督である。
「提督、何か?」
「儂も……捜索隊に連れて行ってくれんか」
その言葉に、全員の視線がフクベに集まる。
まあ無理もないことだろう。
今まで大した発言もしない、お飾りの様な存在だったのだ。
「いいでしょう、提督。俺がサポートします」
フクベの心情を知っているアキトは、すぐにそう言った。
「しかしテンカワ……」
直もゴートが食い下がるが、プロスに何やら耳打ちされた後、承諾したのであった。
「やっぱり……全員死亡ということかしら」
クロッカス内部へと入り込んだ捜索隊は、一通り艦内の捜索を終えていた。
結果は、やはり全員死亡。イネスが「やっぱり」と言ったのは、全員の遺体が確認出来なかったためだ。
確認出来たのは凡そ40名程度。しかもその中には人としての原型を留めていないものもあった。
「恐らく、ジャンプに耐えられなかったのだろう」
「テンカワ、その事は……」
第三者であるフクベが居るにも関わらず、機密を話始めたアキトをゴートが制しようとする。
「大丈夫です、ゴートさん。フクベ提督は信用できる人物ですし、何よりも連合軍を説得するのに重要なポジションにある」
一応ゴートはネルガル側の人間である。会社の利を一番に考えるのは当然とも言える。
しかし、アカツキがアキトを全面的に信頼している以上、アキトを信用するしかなかった。
「提督、それにイネスさん。これから話す事は他言無用に願います」
「それは……、どういった類の話かしら」
「この戦争の行く末と、ボソンジャンプの真実……そして、俺の正体についてだ」
「ほう……。戦争の行く末かね。君は未来から来たとでも言うのかね?」
「はい。俺は今から約四年後の平行世界から、ボソンジャンプの事故によって来ました」
アキトの口から、二人に真実が明かされる。
これを聴いて、二人は一体何を思うのか……。
今の段階ではそれはまだ分からなかった。
さて、アキトが二人に真実を話している間、ナデシコでは妙な反応を捕らえていた。
「……オモイカネ、今のデータ、もう一度お願いします」
そういってルリが表示させたのは、先日のボース粒子のデータだった。
何故再びそれを表示させたかというと、同じ様な反応が再び観測されたからだ。
「これは……あまり良い予感がしませんね」
そういうと、コミュニケを開き、端末にコードを入力し始める。
「インターフェイス起動。接続……確認」
IFSを使い、ある場所と通信を接続するルリ。
しばらくすると、その相手が出てきた。
【はろー☆ お久しぶりです、ルリルリ♪】
「あ、すみません。間違えました」
そう言い、接続を解除しようとするが、相手が待ったをかけてきた。
【間違えてない間違えてないですよぉ〜。お願いですから切らないでぇ……二年半も一人ぼっちで寂しかったんですよぅ〜】
そう、この口調から判断するのは難しいが、ルリが接続をしたのは土星付近を徘徊中のユーチャリスUだったのだ。
「……何だか、少し口調が変わってませんか?」
【ええ、ええ。そりゃあもう。なにせ二年半も放置されていれば、人間誰だって変わりますよ。ルリルリだってマスターが居ない間に変わったでしょう?
それと同じです。AIだって放置……じゃなくて久しぶりに会えば、結構変わるものなんですよ。
いえいえ、別にマスターとかを責めている訳じゃありませんよ?
べ、別に寂しくなんてなかったんだからねっ! 勘違いしないでよっ!
ただ、もう少し構って欲しかったなぁなんて思っているだけで……。
まあずうっと一人でしたから、色々な知識を吸収することが出来ましたし、その点は感謝してる訳ですがすみませんごめんなさいやっぱり本当は構って欲しかったんですぅ〜〜〜〜〜】
あー、駄目だ。完全にメリッサ壊れてしまいましたね。
アフターサービスはどこでしたっけ? 文句を言えば良いのはどこ?
まさかゲイツに文句を言うわけには行きませんし。
なんて、AIの変貌にちょっと軽くショックをルリだったが、すぐに元の世界に帰って来た。
「ごめんなさい、メリッサ。私達も忙しかったもので、あまり相手をしてあげれませんでした」
【いえいえ、そう言って頂けるだけでもありがたいです。ところで、一体何の用でしょうか?】
危ない。あまりのショックに用件を忘れるところだった。
ルリはもう一度思考をクリアにして、現在の状況を確認する。
「現在、ナデシコは火星に居ます。状況としては、アキトさん達がクロッカスに入って、内部の調査をしている段階です」
【おお♪ やっとその段階まで行ったのですか〜。ということは、マスターの悲願その壱である難民の救出というのは達成できた訳ですね?】
「そ、そうなりますね。ですが、現在妙な現象が起きています」
そういって、ルリはユーチャリスに先程のファイルを送信した。
【ん〜、成る程。ようするに、ボクは火星周辺の偵察写真を撮れば良いってことですね?】
「話が早くて助かります。早速お願いしたいのですが、この辺に偵察衛星は配備してますか?」
ルリ達が地球に居る間、宇宙での監視をさせる為にメリッサを散歩させていた訳だが、その際に多数の偵察ポッドを出させることにしたのだ。
その内の何機かが火星付近にある筈なのだが……。
【ハイ、ありますよ。少々お待ち下さい】
そういって待つこと数秒。偵察衛星からの映像が出てきた。
「ありがとうございます。……ええと、それでは、この区域の映像を出して貰えますか?」
【イエッサ〜♪】
ルリが指示を出すと、その現場の映像が出てきた。
どうやら、ボソンアウトしてきた連中はまだその場に留まっているようだった。
「迂闊な人達ですね。まあ、この時期ではまだボース粒子の増減というのは対して重要視されていませんでしたから、当然と言えば当然でしょうか。……あ、ここの拡大をお願いします」
そういうと、現場の区域が更に拡大されて映し出される。
「これ……は……?」
そこには、4機の機動兵器が鎮座していた。
……何れもルリの記憶には無い機体である。
【これは……恐らく、各ジンタイプの試作機ですね。私のデータベースの底の方に埋まってました】
そう言ってメリッサがデータを出してくる。
そこに書かれているのは、概ねこんな感じである。
[試作人型機動兵器概要]
名称:鉄騎神
全高及ビ全幅……ゲキガンガーヲ基準トス。
武装……試作重力波砲、及ビ試作ゲキガンソード。腕部近接支援用速射砲二門
操縦者……要一名。
名称:魔神乙型
全高及ビ全幅……ウミガンガーヲ基準トス。
武装……試作ロケットパンチ、及ビ試作ゲキガンビーム。
操縦者……要二名。
「こんなトンデモ試作機があったなんて、知りませんでした……」
【過去の……前の世界ではテスト用に使われただけで、実戦には参加していないみたいです】
「……この赤い機体が、鉄騎神でしょうか」
【そして恐らく、こっちの蒼い方が魔神乙型かと思われます】
そこには、鉄騎神が一体、魔神乙型が三体いた。
「パイロットは……誰か分かりますか?」
【残念ながら、パイロットまでは明記されてません。ただ、試作機ということはそれなりにエースパイロットが乗っている筈です。
なので白鳥九十九、月臣元一朗、秋山源八朗などの三羽烏辺りが乗っているかと考えられますが】
成る程。確かにその三人は木連を代表するエース達だ。
彼らなら新型試作機を任されても不思議ではない。
「ですが、それはかなり楽観論ではありませんか?
この、二人乗りの魔神が三機に、一人乗りの鉄騎神が一機。パイロットの合計は七名です。
……これは最悪のパターンですが、もしかしたら彼らが乗っている可能性も否定できません」
彼らというのは、勿論「北辰七人衆」と呼ばれる暗殺集団である。
北辰達だったとしたら、アキト以外に太刀打ち出来るパイロットはいないだろう。
尤も、今のアキトの状態ならば然程苦戦はしないだろうが。
【ルリ、大変です。彼らが動き始めました!】
「え……っ!? 場所は! どこに向かっていますか!?」
メリッサが衛星で予測移動経路を確認し、その先にあるポイントを洗い出す。
果たしてその結果は―――
【出ました。―――99.9%の確立で、ナデシコに向かっています!】
「――――っ!総員、第一種警戒態勢に移行してください! ナデシコ緊急浮上! オモイカネ、全システム起動、警戒を厳に!」
メリッサの報告を聞き取った瞬間、ルリはアラートを鳴らす。
突然のルリの行動に、ブリッジに居たメンバーは全員面食らっている。
「ど、どうしたのルリルリ……。そんなに慌てちゃって」
「ナデシコのレーダーに敵の姿はありませんよ?」
「来ますっ! それも、とてつもなく危険な敵が!
プロスさんは、難民の方たちを安全な場所へ移動させて下さい。
メグミさんは捜索部隊、エステ部隊に大至急戻る様に連絡を!
ミナトさんは大至急グラビティブラストのチャージ、及び緊急浮上をお願いします!」
未だに面食らっているようだが、ルリのその表情がただ事ではないことを物語っていた。
理解出来ぬままに、指示された行動を取る。
「オモイカネ、電子戦用意。ECM、及びECCM起動。
セイヤさん、UAV射出、方位は5-1-7、大至急お願いします」
≪お、おう!? 分かった、速攻で射出する!≫
「メグミさん、エステ隊と捜索隊の状況は?」
「駄目です! 電波障害が激しくてクロッカス内部まで通信が届きません!」
「オモイカネ! ECCMは!?」
【正常に機能中。通信不能の原因は不明です】
なんという事だろうか。こんな時に限って電波障害だとでもいうのか。
いや、他の機器は正常に機能している。つまり、敵側からのECM攻撃はされていない。
ということは原因はなんだろうか。先程まで連絡は出来た筈。先程と現在では何かが違っている。
それを洗い出さない事にはアキト達に連絡は繋がらないということだ。
「オモイカネ、現在の状況と、10分前の状況で何が違うかを洗い出して」
【了解。……UAVより映像入ります】
先程放ったUAVが、敵の位置を捉えたようだ。
【距離、凡そ50km。5分後にはナデシコの攻撃圏内に入ります】
「5分……!?」
不味い。非常に危険な状態にある。
先程、例え北辰であったとしても99.9%大丈夫だと判断したのは、アキトという存在が居たからである。
そのアキトとは現在連絡不能。恐らく、この状況も把握してはいない筈である。
そうなると、ナデシコ防衛の要となるのは、エステバリス部隊のみ。
しかし、彼女らの練度がいくら高水準だとしても、もし、相手があの北辰だった場合、勝ち目は如何程のものか……。
《ルリ、どうした!? 何があったんだよ!》
必死に思考を巡らせていると、リョーコから通信が入る。
「緊急事態です。現在、識別不明機がナデシコに接近中。あと3分程で接触します」
《本当に? 私達のレーダーにはまだ何も映ってないよ〜?》
《まさか……クロッカスの幽霊とか、そんなオチじゃないわよね》
「真面目な話です! ……すみません、兎に角、今までの戦闘が簡単に思えるくらい危険な敵が迫っています」
彼女らも、ルリが普段見せない表情をしていることから、本当に緊急事態だということを悟る。
そして、茶化した事を詫びると、ナデシコの前方に展開、迎撃戦に移った。
「リョーコさん、ヤマダさんはどうしたのですか?」
《ん? ああ、ヤマダの奴は念の為にアキト達の護衛を続けるってさ》
「ヤマダさん、ナイスです!」
もしかしたら、本当にこの世界は良い方向に進んでいるかもしれない。
もし、前の世界のヤマダ・ジロウだった場合、出番を寄越せと言わんばかりにくっ付いてきたかもしれないのだ。
「メグミさん、ヤマダさんを通じて大至急アキトさんに連絡を!」
【ルリ、UAVが発見され、撃墜された模様】
「セイヤさん、もう三機程UAVの射出をお願いします。方位は先程と同じで、今度は各機30度程感覚を開けて飛ばしてください」
≪了解!≫
後は、ECMでどこまでジャミング出来るかが鍵となってくる。
「アキトさん……間に合ってください……」
ナデシコは今、最大のピンチを迎えていた。
「隊長、見つかったようです」
ナデシコから凡そ30kmの地点で、彼らは進撃を止めていた。
目標まで50kmという所で、電波障害が発生したからだ。
その為、各機間の通信は不可能となった。
しかし、その程度で進撃を止める彼らでは無かった。
問題なのは、無人機相手によるジャミングなのか、それとも自分達に対してのジャミングなのか。という点だった。
結局、更に進んだ地点で敵の無人機を発見し、それを撃墜した。
恐らく敵は此方の位置を掴んでいる。完璧な奇襲を計画していた彼らは、計画変更を余儀なくされたのだ。
「……問題は無い。但し、各機編隊を変える。烈風機と強風機は左翼から、紫電、及び雷電機はこのまま正面から攻めよ」
「隊長は……?」
「我は右翼後方より奇襲をかける」
「了解……む!?」
各パイロットが北辰との打ち合わせを終え、機体に戻ろうとしたその時、再び無人機が飛来した。
「ふっ……小癪な真似を……」
嘲うと同時に、腕部に装備した速射砲で無人機を撃墜する。
「では、各自予定通りに行動せよ」
「「「「「「了解」」」」」」
【ルリ、無人機が再度撃墜された模様。場所はナデシコより30km地点。これが最後の映像です】
そういって、ルリの目の前にウィンドウが開かれる。
そこには、円陣を組みながら佇む巨人が映し出されていた。
「……これは! オモイカネ、この部分を拡大して」
ルリが指した部位を、オモイカネが拡大して投影する。
そこには、あの北辰の姿があった。
「最悪のタイミングですね。……アキトさんはまだですか!?」
北辰達との接触まで、後二分半。
エステ隊の活躍に期待するしかなかった。
――クロッカス内部――
「……成る程。それが君の視た未来かね」
アキトは、話せる全ての事を話し終えていた。
ボソンジャンプなど、フクベには突飛な話の筈だが、柔軟な思考を持つ名将なだけに、受け入れることが出来たようだ。
イネスのほうは、自らの理論の正しい部分と、間違った部分を知る事が出来て感無量……とはいかなかったようだ。
どうして自分だけ仲間外れにしていたのかと、ゴートとアキトに詰め寄るという場面も見られた。
「私、子供の頃の記憶が無いのよ……。そこで、アキト君の今の話を聞いて思ったのだけれど、アキト君は私の過去を知っているのよね?」
「……ああ。だが、教える事はできない」
「ま、それもそうね。私としても、その事については自分で解決するわ。今のは、解決出来る事か否かを確かめたかっただけよ」
「……ところでテンカワ、一つ良いか?」
今まで黙っていたゴートが、不意に立ち上がった。
「どうかしましたか……?」
ゴートのその表情から、何か危ない状況が起き始めている事を悟る。
「先程まで、コミュニケで連絡が取れたのだが……つい一分程前から電波障害が起きている」
「本当ですか!?」
アキトも自身のコミュニケで確認するが、結果は同じだった。
イネスもフクベも、同様に確認するが全員結果が変わることはなかった。
「おかしいわね……。ジャミングをされているとなれば、ナデシコのECCMで対向できる筈。
しかし、現在依然として通信不能。……という事は、別の事象が原因ってことね」
すぐにイネスが状況の分析に入る。
「兎に角、クロッカスから出よう。一刻も早くナデシコに戻らないと……」
そうして、アキト達が艦の外へ出た瞬間、ガイのエステバリスが降りてきた。
《お〜い、テンカワっ、緊急事態だ! 早く乗れ!》
「どうした!? 何があった!」
《詳しい事はよく分からんが、ナデシコに正体不明の敵が接近しているらしい!
既にスバル達が応戦しているみたいなんだが、コイツがどうもヤバいらしい。
そんなヤバい状況だってのに、お前達のコミュニケには応答は入らん。そういう訳で、この俺様が迎えにきてやったということだ!》
正体不明の敵。
それを聴いた時点でアキトは確信した。
「リョーコちゃん達が危ない……!」
《だぁから早く乗れって!》
ガイが叫び、エステの掌をクロッカスの甲板に近づける。
しかし、乗り込めるのは精々二人といったところだ。
「ガイ、セイヤさんに連絡。『フリージアを起動させて、無人でクロッカスのほうへ射出してくれ』。よろしく頼む!
イネスさんと提督は、ガイのエステに乗っていってくれ」
《ちょっと待て! 一体どうするってんだよ!》
「大丈夫だ。俺を信じろ!」
《……ちっ、カッコつけやがってよ! 良いか!? 遅れるんじゃないぞ!》
ゴートには申し訳ないが、今はこの二人の方が重要なのだ。
しかし、フクベはやはり帰還を拒否した。
提督の意志を悟ったアキトは、ゴートとイネスをガイに収容させて、ナデシコに向け帰還させた。
それを見届けた後、アキトとフクベはクロッカスのブリッジに向かった。
「提督……やはり、死ぬ気ですか?」
「いや何……。死ぬ気などは無いさ」
「では何故?」
「ナデシコの退路を、一体誰が護るというのかね」
「……解りました。ご武運を……」
「君もな……。次に逢った時は……一緒に酒でも呑もう」
「未成年ですので……茶の湯で宜しければお供します」
「ふっ、そうだったな。ナデシコを……若者達を頼む……」
「……分かりました」
互いに敬礼をし、しばしの別れを告げる。
提督に死ぬ気が無いことは確認した。
しかし、恐らくは前回と同じ状況に至るだろう。その時、その意志の力がどこまで通用するか……。
これだけは神のみぞ知ることなのだろう。
アキトは戦場へと向かう為、フリージアのコクピットへとジャンプした。
《ちっくしょーっ! 何なんだコイツ等はよぉっ!》
《これって……もしかしてゲキガンガーのつもりなのかなぁっ!》
《そんな事、敵に訊きなさい! 今回ばかりは、真面目にやらないと死ぬよっ!》
接触するまで、何時もと変わらない敵だと考えていたリョーコ達は、その敵に翻弄され続けていた。
無理も無い。彼女達は依然として、その機体が有人機であるということを知らされていないのだ。
その思い込みが彼女達の動きを鈍らせる原因となっていた。
「リョーコさん、10秒後にグラビティブラストによる支援砲撃を行います。気をつけてください」
これまでに何度か支援砲撃を加えているものの、命中する事はなかった。
やはり、無人機と有人機の違いは大きいという事だろう。
「……っ! レーダーに感っ! リョーコさん達がいる空域に、もう一機現れました!」
そう、リョーコ達が今まで対峙していたのは、魔神乙型一機に過ぎないのだ。
一機相手に翻弄されている状況で、もう一機が参戦するとなると……。
《何ぃっ! ぐ……っ……うわぁぁぁぁああああっ!…………》
不意に、リョーコのコミュニケとの通信が途切れる。
「スバル機被弾! 大破!」
《リョーコっ! こんのぉ〜〜〜っ!》
《ヒカル、熱くならないで! 負けるわよっ!》
「スバル機の生命反応は!?」
「……あります、気絶している模様!」
どうやら魔神は今のところリョーコに止めを刺す状況では無い様だ。
しかし、ヒカルとイズミが何時まで奮戦できるか……。
その時、戦闘空域にようやくアキトが到着した。
「此方テンカワ、援護する! 二人とも、リョーコちゃんを回収してナデシコへ!」
《くっ……! 了解! ヒカル、行くよっ!》
《りょ、了解……!》
魔神乙型がアキトに気を取られている内に、二人はリョーコを回収、戦場を離脱していった。
「まさか……、こんな新型が出てきているなんてな」
≪アキトさん、敵は全機で四機います。伏兵に注意してください≫
「了解。……コクリコ、警戒は任せたぞ」
【了解です】
ジリジリと間合いを取る三機。
互いに装備している武器を知らないから、攻めようにも攻められないのだ。
しかし、それは相手の話であって、アキトはその例に含まれない。
アキトは装備していたレールカノンを収納すると、小太刀―闇牙と光牙―を構える。
相手もこちらが格闘戦を仕掛けてくるとわかると、ボクサーの様にファイティングポーズを取った。
「時間がないんでな……さっさと沈んで貰うぞ!」
叫ぶと同時に、スラスター全開で右にいた魔神に向かって突撃するフリージア。
しかし、やはり無人機とは違い、交互にカバーしつつ此方に逆に攻撃を仕掛けてくる。
「ハ……ッ! やるっ! だが……脇が甘いぞっ!」
そういって、闇牙を魔神に向け投擲。ディストーションフィールドを紙の様に貫くと、脇腹の部分へと突き刺さっていった。
その衝撃でよろけた隙に、アキトは空いた手にカノン砲を装備、フルバーストで弾丸を叩き込んだ。
【マスター!】
コクリコに言われるまでもなく、アキトは背後に迫る質量を感じ取っていた。
そして、そいつが攻撃を仕掛けてくる前から認識していたアキトは、一機目を行動不能に陥れた次の瞬間には、既にグラビティブラストを展開していたのだ。
「これで……二機目だっ!」
振り返る事無く、グラビティブラストを照射するフリージア。
奇襲したつもりが逆に奇襲された形となったもう一機の魔神乙型は、避けるまもなくその上半身を消失していた。
≪アキトさん、緊急事態です! 三機目と四機目の機体が接近しています!≫
「了解、すぐに向かう。……ナデシコの防備はどうなっている?」
闇牙を回収したアキトは、フリージアを高機動形態へと変形させると指定された空域に向かわせる。
≪現在、ナデシコの直援はヤマダさんが担当しています。先程、イズミさん達が帰還。現在補給・修理作業に掛かっていますが、損傷が激しく、復帰は絶望的です≫
「ちぃ……っ、頼みの綱はガイだけか……」
一応フクベ提督のクロッカスも護衛しているのだろうが、如何せん戦艦と機動兵器では話にならない。
如何に素早く、残りの二機を始末するかが鍵となっていた。
「……見えた! アレか!」
フリージアの前方に、疾走する機影が二機。
相手も此方に気がついたらしく、ビームを撃ちながら接近してくる。
その時だった。
≪ボース粒子の増大反応確認!! 位置は……ナデシコ側面10km!?≫
戦闘中のボース粒子の増大反応、それが意味するのはただ一つだけだった。
「ガイっ! 敵が奇襲を仕掛けてきたぞ! ナデシコに近づけるな!」
《なにっ!? どこだ……あそこかっ!?》
敵がまさかこの時期にジャンプシステムの開発に成功しているとは、流石のアキトも予想がつかなかった。
しかし、アキトは後にこの指示を後悔する事となる。
ボース粒子の反応が消え、敵がジャンプアウトしてきた。
それと同時に、戦場に響き渡る錫杖の音。
アキトは、この音色を知っていた。
「北……辰っ!!」
アキトの全身に、悪寒が走る。
それに気を取られ、フリージアは一瞬棒立ちになってしまった。
【マスター! 後ろですっ!】
コクリコの警告を聞き、機体を反転させるが、遅かった。
「ぐ……っ!」
魔神乙型の放ったロケットパンチがフリージアに直撃したのだ。
ディストーションフィールドを張っていたから大丈夫なものの、張っていなかったら流石に危なかった可能性がある。
《何だか知らねぇが、ここは通さないぜっ!》
北辰の存在など知りもしないガイは、ナデシコを護る為に北辰の前に立ちはだかる。
しかし、それは今の彼の技量では……無謀でしかなかった。
「ガイ! 下がれっ! そいつはお前の手に負える相手じゃない!」
絶叫するも、ガイは一歩も下がらない。
《……へっ、そんな事はよぉ……相手を見た瞬間理解してんだよ!》
「ならば何故下がらん! 殺されるぞ!」
《五月蝿ぇ! たまには俺の事を信用しやがれってんだ!》
「ガイ……」
《……三分間だ。それだけ待ってやる……早く片付けてこい》
そういうと、ガイはアキトとの回線を切断した。
【待ってやるとは……物は言い様ですね】
「ああ……全くだ」
ガイは三分の時間をアキトに与えた。恐らく、それを過ぎたら本当にガイは……。
「四十秒でケリをつけるぞ!」
【Yes! Master!】
アキトはバインダーを展開し、魔神乙型へと向かう。
魔神はそれを迎撃する為にビームを撃ち続けるが、アキトのフィールドに全て逸らされてしまう。
「ドラグーンシステム起動!」
【了解。ドラグーンシステム起動……攻撃開始!】
フリージアの肩アーマーから射出された無数のポッドが、魔神達を取り囲む。
「沈めぇっ!」
アキトがカノン砲のフルバーストで弾幕を張ると同時に、ポッドからも射撃が開始される。
それを見た魔神は回避行動を取るが、どう動いてもその攻撃から逃れる術は無かった。
一発一発は大したダメージを与えることは出来ないが、関節やスラスターなどの弱点を的確に突けるドラグーンによって、魔神二機は行動不能にされてしまう。
止めとして、グラビティブラストの直撃を受けた魔神乙型は、アキトの宣告通り四十秒で消滅したのであった。
「こぉぉぉんの野朗ぉぉぉっ! ゲキガンガーみたいな格好しやがって! 墜ちやがれってんだ!」
ライフルで弾幕を張るガイだが、相手のディストーションフィールドは余程強力らしく、攻撃は本体まで届いてはいなかった。
≪ヤマダさん、敵に接触しないでください! 敵に接触した場合、機体を破壊される可能性があります!≫
ナデシコからの援護は、この情報のみだった。
ルリ達もミサイルやグラビティブラストで援護を試みたのだが、オモイカネの計算では、どう射線軸を取ってもガイを盾に使われてしまうという結果に終わった。
「こいつ……俺の事を無視してんのか!?」
流石のガイも、とことん無視されている状況に腹を立てているようだった。
≪聴いてる? ヤマダ・ジロウ。そいつのディストーションフィールドに一瞬でも触れて見なさい。……ミンチより酷い事になるわよ!?≫
「解ったよ! 俺だってあんな化け物に近づくなんてのは御免だ!」
ガイは既に理解していた。
「悔しいが……俺はコイツに適わない……!!」
先程のスバル達の戦闘を見ていたが、こいつはあんなレベルじゃ済まされねぇ。
あいつ等が三人がかりで仕留められなかった相手よりも各上の敵だ。
どう考えても俺の適う相手じゃねぇ。
「でもよぉ……。ここを通す訳にはいかねぇんだよっ!」
ガイは、子供の頃からヒーローに憧れていた。
悪を撃ち滅ぼす正義の味方に、ずっと憧れていたのだ。
しかし現実は甘くはなく、平和を脅かす悪の組織なんてものは存在する筈もなかった。
そんな時、木星蜥蜴が攻めてきた。
彼はここぞとばかりに、悪の組織と戦う為の準備を始めたのだ。
今の機動兵器の基本はIFS。
つまり、如何に自分のイメージを機体に伝えるかというのが肝心と考えたガイは、ゲーセンでイメージを鍛え続けた。
そして一年が経ったある日、プロスペクターにスカウトされ、念願の正義の味方になれたのである。
自分の後ろには、護るべき人達がいる。
例えそれが赤の他人であったとしても、悪の脅威に晒されている以上、ガイにとっては護るべき存在となる。
そして、今の自分には護る為の力が有るのだ。
――ガイは今、生を謳歌していた。
≪ヤマダさん、退いてください。アキトさんが今そちらに向かっています≫
「へっ……以外に早かったじゃねぇか。でもよ、まだだ。まだアキトは着いちゃいねえ≫
すると不意に、今まで何の行動も取らなかった鉄騎神が動いた。
「く……っ! 速い……!?」
どうやら北辰はガイを相手するに値すると感じたのだろうか、ガイに向かって突進してきた。
ライフルで牽制するも、効果は無い。
武装をイミディエットナイフに切り替えたその刹那、鉄騎神は錫杖を振り下ろした。
「させるかよっ!」
間一髪の所で受け流す。
相手の得物が地面を抉る瞬間を見たガイは、ライフルを捨て、その拳にディストーションフィールドを収束させる。
「喰らえっ! ガイ・スーパァァァアアアアッ・ナッパァァァアアアアアアッ!」
過去の世界で終始、使用されることの無かったガイの必殺技が、遂に放たれる。
「――なにっ!?」
しかし、矢張り北辰は並の相手では無かった。
錫杖が地面を抉った瞬間、その手は錫杖を離れていたのだ。
既に反対の手には、鈍く輝く剣が握られていた。
「う……おおおおおおおっ!?」
それをギリギリの所で回避するガイ。
しかし、その際に左腕を失ってしまった。
≪ヤマダさん、早く撤退を! あと30秒でアキトさんが到着します!≫
「まだだ……! まだ終わっちゃいねぇっ!」
残ったナイフを装備した腕に、最後の望みを賭ける。
しかし、それは儚い望みでしかなかった。
北辰の剣はいとも簡単にガイのナイフを砕き、その腕を切り落としていた。
そして、ついでとばかりにガイのエステに蹴りを入れ、吹き飛ばす。
≪アキトさん、急いでください! ヤマダさんが!≫
メグミが叫ぶ。しかし、どういう訳かアキトからの応答はなかった。
「や……ヤロウ、止めを刺すつもりかよ……」
鉄騎神の胸部パーツが展開し、グラビティブラストの砲塔が出現していた。
そして、数秒の刻を置いて、重力の波は開放される……筈だった。
「な、なにぃ……っ!」
≪……これ以上、儂の目の前で若者を死なせる訳にはいかんのだよ!≫
そう、今まで蚊帳の外に置かれていたフクベのクロッカスが、鉄騎神に体当たりを仕掛けていたのだ。
グラビティブラストの発射体勢に入っていた鉄騎神は、ディストーションフィールドを展開していない為、その質量攻撃の直撃を受けてしまった。
≪提督、脱出して下さい! 今敵がボソンジャンプをしたら、貴方も巻き込まれます!≫
ルリが警告をするが、フクベからの応答はない。しかし、どういう訳か鉄騎神もボソンジャンプを行なおうとはしなかった。
やがて北辰もこの力比べに飽きたのか、錫杖を振りかざす。
錫杖を投擲し、ブリッジを破壊する算段のようだった。
しかし、錫杖を投げようとした瞬間、鉄騎神の腕部が爆発を起こす。
「やらせはせんよ……北辰!」
フリージアによる、高速飛翔しながらの狙撃だった。
そこでようやく、クロッカスは推進剤が尽きたのか、ゆっくりとその高度を落としていく。
クロッカスの体当たりから逃れることが出来た鉄騎神だが、フリージアの姿を確認すると流石に不利と感じたのか、ジャンプフィールドを張って撤退していくのだった。
「ガイ、フクベ提督! 応答してください!」
周囲に敵がいないかを警戒しつつ、アキトはクロッカスに近づいていく。
≪……儂は大丈夫だ。既に脱出しておる。……ヤマダ君の方が心配だ。彼は無事かね?≫
どうやら、フクベはアキトが狙撃する直前にランチで脱出したらしい。既にナデシコに収容されようとしていた。
アキトはそれを確認すると、ガイのエステを回収した。
「ガイ、大丈夫か?」
≪……おう、お蔭様でな。五体満足で生きてるぜ≫
「……無事で良かった」
≪当たり前だ。俺を誰だと思ってるんだ?≫
「正義のヒーローは、死なないんだよな?」
≪そういうことだ!≫
どうやら、ガイも無事らしかった。
アキトはエステを回収すると、ナデシコに帰還するのだった。
各エステ隊を回収し、機密保持の為に残骸の焼却処分を行なったナデシコは、火星を脱出する為の会議を行なっていた。
過去の世界では、ユートピアコロニーでの損傷で大気圏を突破できなくなったナデシコは、チューリップで脱出した。
しかし、今回は違う。その為にナデシコは強化してあり、ユートピアコロニーでは見事、敵の殲滅に成功。
現在はエンジンも好調で、損傷は殆ど無いという満点に近い状態である。
尤も、それはナデシコだけの状態であって、各エステバリスの状態は悲惨なものであった。
リョーコ、ガイ機は大破。主だった損傷が見られないイズミ、ヒカル機もアクチュエーターやら内部の機関の損傷が激しかった。
この状態を見たウリバタケは、ショックのあまり真っ白になったとかならなかったとか。
とりあえず無事なのはアキトのフリージアだけで、とりあえずフリージアで何とかナデシコの防衛を行なって、大気圏を突破する。
――というのが先程会議で決まったのだが、そうは問屋が卸してくれないというか、木連があそこまでやられて大人しくナデシコを勢力圏から逃がしてくれる筈もなく、ナデシコはとてつもない数の艦隊に囲まれているのであった。
その数、チューリップが五隻にカトンボ級戦艦が五百隻、ヤンマ級駆逐艦は辛うじてその数が計測できて凡そ九百隻、バッタやら無人兵器はお約束というか、既に計測不能な数まで達していた。
そんな数をどこから掻き集めてきたのやら、とにかく嘗て無い規模の大艦隊が火星を取り囲んでいた。
メリッサが飛ばした衛星によると、チューリップは東西南北、火星のどこからナデシコが飛び出しても対応できるポイントに展開していて、とりあえずその周りを一個艦隊、つまり戦艦八隻に駆逐艦八隻がチューリップを中心に輪形陣を形成して護衛していた。
残る一隻のチューリップはというと、ユートピアコロニーに落下していたアレである。
あのチューリップが浮上し、現在同じく一個艦隊に護衛されつつナデシコに接近中とのこと。
解り易い日本語では、この状況を「絶対絶命」という。
「さて、これがナデシコの置かれている状況だ」
「私達は、ナデシコが敵に囲まれても火星を脱出できるように改良をしておきました。この事はユートピアコロニーでも言ったと思います。
ですが、流石にこれほどの艦隊となると、ナデシコ一隻では太刀打ちできません。それに、リョーコさん達エステ部隊が動けないとなると、アキトさんだけでカバーすることになります」
「残念だが、流石の俺もナデシコを護りつつこれだけの敵を葬ることは難しい。しかも、砲門の数は圧倒的に向こうが多い。
流石のディストーションフィールドも、百を超えるグラビティブラストの直撃を受ければ、持ちこたえることは難しいだろう」
アキトとルリがそういうと、艦内は一瞬にしてお通夜ムードになってしまった。
しかし、既に対策は考えてあるらしく、今度はイネスが代わりに説明を始めた。
「ここで、ナデシコが唯一生き延びる事が出来る方法を説明するわ」
イネスがリモコンのスイッチを押すと、モニターにグラフやら表やらが表示される。
「この表とグラフは、敵がチューリップ内から出現するときに観測される粒子を表したものよ。
敵がワープしてくる時、ボース粒子の増減が確認される。私達はその粒子から、このワープ現象の事を『ボソンジャンプ』と命名。
そしてこの粒子の確認と共に、チューリップの認識が変わったわ。チューリップの存在が確認された当初、チューリップの向こう側……ようするに、内部に木星のプラントの姿が確認された。
……それはフクベ提督自らが確認されている筈よ」
「……確かに、向こう側に木星が観られた」
「そう、その事から、チューリップは当初、木星のプラントで製造された兵器を送る為の転送装置だと考えられた。
しかし、私の研究結果と、地球で消えたクロッカスが火星に存在した事から、チューリップは木星以外の所にも繋がっているという事が解ったわ。
そして、先程ナデシコを襲撃した大型兵器。アレも出現時と撤退時にボース粒子が確認されたわ。ようするに、あの兵器もボソンジャンプを使っているということよ」
「でもよ、それとナデシコの脱出と一体何の関係があるんだ?」
ガイがイネスに疑問をぶつける。
恐らくそれはブリッジに集まったメンバーの疑問でもあるだろう。
「ようするに、ボソンジャンプはチューリップ以外にも可能である。先程の大型兵器がジャンプしていたのだから、ここは解るわね?
となると、どうして他の戦艦や小型兵器はジャンプしないのか。……これはつまり、装置が大型になっていて、小型兵器には載せられない、そしてまだ試作の段階にある。といったところかしら。
だから、現状では木星蜥蜴はチューリップを通して戦場に部隊を展開させる」
「……つまり、チューリップは一種のジャンプ装置ということね」
「回りくどい説明だったけどようするにそういう事よ、マキ・イズミ。
転送装置という点では先程の話と同じだけど、転送先は一定の場所ではなく、指定する事が可能。指定方法は現状不明だけれどね」
「つーことは何だ? あの中に逃げ込めって事かよ?」
これはリョーコ。
「そうなるわね。でも、ナデシコがクロッカスみたいになることは無いわ。」
「どうしてそう言い切れるんだよ?」
「ナデシコには強力なディストーションフィールドがあるもの。
ネルガルと私の研究によれば、強力なディストーションフィールドがあれば、人間も一緒にボソンジャンプが可能であるという結果が出たわ。
ジャンプ先がどこになるか解らないけれど、とりあえずこの状況から逃れることは出来るわ」
イネスがこうも強気で言えるのは、無論アキトからの情報の裏付けがあったからだ。
それが無くとも、一応概念としてイネスはそこまで答えを導くことは出来たのだが、確定ではなかった。
しかし、アキトが答えを持ってきたお蔭で、答え合わせが出来たのだ。
イネスが説明したことは、基本的なことでもあるが、唯一今後の伏線となる部分が語られていたのだが、ナデシコのクルーはそこまでは読み取ることが出来なかったようだ。
兎に角、その方法で脱出するという事で会議は終わったのであった。
「それでは、ナデシコはこれよりチューリップ内部へと侵入します。光学防壁展開、総員、対ショック体勢を取って下さい」
ルリが指示を行なう。ジャンプ時の指示はナデシコB・Cの時も行なっていたので素早く指示が出せる。
ナデシコはチューリップに艦首を向けた。
しかし、その事で木星蜥蜴もナデシコの意図に気付いたのか、艦隊を動かし始めた。
「ナデシコ、これよりフリージアはナデシコの盾となる。防御している間にチューリップに入れ」
そういうとアキトは発進して、チューリップとナデシコの中間地点に向かった。
≪アキト! テメェなにするつもりだ!≫
「敵の狙いはナデシコよりもチューリップの筈だ。俺は敵を攻撃を受け止める。その隙にナデシコはジャンプしろ」
≪無茶よ! 戻ってきてアキト君!≫
ミナトらがアキトを止めようとするが、既に攻撃が始まっていた。
「残念だがそれは出来ない。俺がフィールドを解除した瞬間、ナデシコはチューリップごと沈められる。
また、ナデシコがジャンプした後を俺が追ったら、木星蜥蜴の追跡が始まる。
この規模の戦力となると、恐らく地球圏に展開している部隊を掻き集めている筈だ。そうなると、折角手薄になった地球圏に再びこの勢力を送る事になる。
従って、ナデシコがジャンプした後このチューリップは破壊しなければいけない」
≪そ、それじゃあアキト君はどうするの!?≫
≪アキトさんなら大丈夫です。むしろ、私達が居ると足手まといになります≫
ルリの言葉に、皆が沈黙する。
確かにルリの言う通りなのだ。ナデシコがこのまま躊躇っていると、アキトはますます敵の攻撃を防いで居なければならない。
アキトを一刻も早く自由にさせるには、ナデシコが早くジャンプするしかないのだ。
ルリがアキトを信じている以上、アキトには何らかの策がある。そう信じるしかなかった。
≪……死ぬなよ、アキト!≫
ガイの声を皮切りに、一斉に激励の言葉が送られてくる。
そして、最後に送ってきたのはこの人だった。
≪……先程とは、立場が逆になってしまったな≫
「その様ですね。……ですが、俺も提督と同じで、死ぬつもりなんかありませんよ」
≪君との約束通り、地球に戻ったら、私も力を尽くそう≫
「……ありがとうございます。提督……ナデシコをお願いします」
≪うむ……。解った≫
そう言うと、互いに敬礼をする。
そして直後、ナデシコとの通信が途絶する。ジャンプフィールドが形成され始めたのだ。
「コクリコ、フィールド出力は?」
【現在87%。問題ありません】
アキトとナデシコが交信している間、何発ものミサイル、グラビティブラストがフリージアのディストーションフィールドに着弾していた。しかし、エネルギーの殆どをフィールドに充てているフリージアは、その攻撃を完全に防いでいた。
【ナデシコ、ジャンプします。……5……4……3……2……1……今】
チューリップの周囲に、ボース粒子の増減が確認される。ナデシコは無事にジャンプしたのであった。
「よし、それじゃあチューリップを破壊して、ユーチャリスに戻るとしようか」
【了解です】
そういうと、アキトはチューリップに向けカノン砲を連射する。
ディストーションフィールドを張っていないチューリップは、盛大に爆発し、その機能を停止した。
「高機動モードへ移行。フィールド出力全開、一気に火星を離脱するぞ」
【了解です!】
そういうと、フリージアは一気に加速を始めた。
その進路を敵の艦隊が防ごうと鉄壁の防御をするが、フィールド出力を全開にしたフリージアを止めることは出来ない。
何隻かの駆逐艦を吹き飛ばしたフリージアは、そのままのスピードで火星を離脱していった。
無人兵器は追おうとしても、追いつけはしなかった。
結局、完璧な筈の包囲網はあっというまに突破されたのであった。それもたった一機の機動兵器によって。
これが一体何を意味するかと言うと、ナデシコ側の完全勝利という事である。
ナデシコ側は、本来の目的であるイネス、及び研究資料の回収、そして難民の救助も成功させ無傷で火星を脱出。
対する木星蜥蜴は、甚大なる被害を受けただけに止まらず、地球圏の兵力を割いてまで敷いた包囲網を簡単に突破された。
ようするに、折角獲物を檻に閉じ込めたと言うのに、まんまと逃げられたのだ。
今まで圧倒的な力を見せていた木星蜥蜴が、初めて味わった大敗であった。
そして、この事が木連の意識を変えてしまう事となるとは、知る由も無かった。
【お帰りなさいマスター♪】
何の問題も無くユーチャリスUへと帰還したアキトは、そこで変わり果てたメリッサを見る事となる。
「……何があった、メリッサ」
【別に、何も無いですよ? ただ強いて言うならry】
ここからはルリと交わしたのと全く同じ会話がされるので割愛させて頂く。
メリッサの説明が終わると、アキトは頭を抱えて本気で悩んでいるようだった。
まあそれも無理も無いだろう。長年共に戦い続けてきたパートナーとも呼べる存在が、いつの間にか変わっていたら誰でも驚く。
しかし、数分程悩んだアキトは、これも成長だ。という風に割り切ったようだった。
【マスター、ネルガル本社から秘匿通信が入ってます】
ちなみに、口調から解るように今のはコクリコである。
ナデシコ内では人目を気にしてフリージアの中で引き篭もり待機していたコクリコであるが、ここはそれを気にせずに済む。
彼女は整備を受けているフリージアから出てきて、ユーチャリスのブリッジに居たのだ。
「繋いでくれ。……どうしたアカツキ」
≪やぁ、テンカワ君。調子はどうかな?≫
「多少差異はあるものの、前回と同じ状況だ」
≪同じ状況? ……という事は、予定と違うって事だよねぇ。何があったのかな?≫
アキトは火星で起きた事を掻い摘んで説明した。
≪う〜ん……成る程。敵の新兵器ねぇ……≫
「恐らく、地球以外にもクリムゾンの工廠があったのだろう」
≪そうなるよねぇ、やっぱり。もう一度諜報部のほうに洗い出しをさせてみるよ≫
「解った。とりあえず此方でも調べてみるつもりだ」
≪助かるよ。……それで、君達はこれからどうするつもりだい?≫
「予定通り、地球に戻るつもりだが」
アキト達の予定では、火星を脱出した後はのんびりと来た道を戻って、途中でコスモスと合流し、月に展開している木星蜥蜴を殲滅するというものだった。
万が一、ナデシコがチューリップで帰還する事になっても、アキトとルリはユーチャリスに乗って先に地球圏に戻る手筈だった。
これはナデシコに問題があった場合のプランで、アキト達が先に戻るのも、その問題を解決する為である。
≪う〜ん、それも最初に検討したんだけれどねぇ……。こっちでも問題が起きちゃってさ≫
「……何があった?」
≪そこまで深刻な問題ではないんだけどね? 木星のもっと向こう側……多分海王星の辺りだと思うんだけど、何か妙な現象が起きているんだよ≫
「それを調査するのか?」
≪可能ならで構わないよ≫
「ジャンプするには、イメージが必要だからな。正直、一度行ったことがある場所にしか行けないのと同じだ。行くとしたら、ジャンプを何度かに分けて行くしかあるまい」
≪大丈夫かい?≫
「一度食料を補給させてくれ。ユーチャリスなら、ナデシコが還ってくるのと同時に地球圏に戻れる筈だ」
本来なら、火星から海王星まで行くのに気の遠くなるような時間が必要だが、まず土星付近までジャンプした後、海王星に向け進路を取る。
途中で何度か海王星までの航路を確認。その時に何とかしてイメージを掴み、数回に渡ってボソンジャンプをして海王星に向かうという、少々気の遠くなる方法である。
まあ、通常航行したら何日掛かるか分からない日程を、ボソンジャンプで短縮するのだから、これでも短い方なのだ。
≪オーケー。とりあえず、地下の実験ラボに補給物資は積んでおくよ≫
「助かる。それじゃあ今から其方に向かう」
そういうと、アキトはジャンプの準備に入った。
―地球、ネルガル本社ビル―
「……やあ、テンカワ君」
いつも通り、仕事を適度にサボっていたアカツキの目の前に、アキトが現れる。
しかし、どうも様子がおかしい。返事がないのだ。
「テンカワ君? どうかしたのかい?」
数回目の呼びかけで、ようやくアキトが振り向いた。
「……すまない。ちょっと話をしていたものでな」
「話……? 誰とだい?」
「……ちょっとな。それよりアカツキ、二週間後に新しい艦長候補生が来る。これが資料。受け入れをよろしく頼む」
そういうとアキトは懐から封筒を取り出す。
高度に電子化が進んだこの時代において、紙という媒体は機密関係を扱うのに適していた。
「艦長候補生? いったい誰かな」
「詳細はその書類に書いてある。まあ……俺と似たような境遇の奴だ。それなりに使えるとは思うが、実戦経験が無い。そいつを使って、クリムゾンの新しく完成した基地を襲撃してくれ」
「わ、分かったよ。とりあえず、物資はもう地下にあるから、自由に持って行ってくれて構わないよ」
「ありがとう。それと、もしかしたら調査が長引くかもしれない。その時はナデシコに新人を加えてやってくれ」
いきなり紹介された新人を訓練してナデシコに乗せてくれというのは流石に違和感を拭えないが、アカツキはすんなりと了解した。
基本的にアキトを信頼してきたし、アキトと同じ境遇という人物に興味があったのだ。
しかし、アキトが間に合わない場合というのはどういう事だろうか。
ユーチャリスからジャンプしてくる際、アルメリアの所へジャンプした様だが、アキトがそこで何をしていたのかは今は分からない。
当のアキトはというと、アカツキが了承したらあっという間に物資と共にユーチャリスUに戻っていったのだ。
「……いったい、何が始まるのかねぇ……」
アキトは歴史を変える為にこの世界に来た。
その結果、確実に歴史は変わってきている。
火星難民の救出。
早すぎる優人兵器の登場。
海王星での異変。
そして、アキトと同じ境遇の人物。
一体、この世界はどう変わるのか。
世界はアキト達の改変を受け入れるのか。
――世界は、ここから動き始める――
第一章〜新たなる旅立ち〜
―――完―――
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