「メリッサ、現在地は?」

【ちょ〜っと待っててくださいね……えーっと……ここは目的地である海王星のちょっと手前ですね。
 ほら、あそこ……前方1000kmに見えるのが海王星です】

メリッサがそう答えると同時に、メインモニターに青い惑星が映し出される。
太陽系において、太陽から最も遠い惑星、それが海王星だ。
旧世紀では冥王星という惑星が最も遠い惑星として認知されていたが、諸事情によりリストより外されてしまったとか何とか。

「あれか……。それで? 問題の『おかしな現象』って言うのはそのもっと向こうだったか?」

そう、アキトが海王星までやってきたのは何も観光が目的では無い。
火星から脱出したアキトがアカツキに会った時、海王星付近で妙な現象が確認されたということを告げられたのだ。
アキトたちが元々居た世界では確認されていなかった現象の為、急遽ボソンジャンプが可能なアキトがその調査に行く事になったのだ。

【そうみたいですね。今偵察用のバッタを射出したので、データが届くまでマスターはゆっくりくつろいでいてください】

「ああ、そうさせてもらうよ」

そう言ってアキトは自室へと向かう。
それからおよそ一時間後、射出したバッタからの映像が届いた。

「何か確認出来たか?」

【はい、今モニターに出します】

「………………なんだ、これは…………?」

アキトが見たもの、それは前の世界には存在しなかったもの。
歴史を変えた必然か、それとも偶然なのか、それはこの世界に現れた。

「……とにかく、徹底的に調査するぞ」

世界は今、確実に変わりつつあった。


機動戦艦ナデシコ
時をかける者達

-第二章-

第一話「鍛えよ、勝つ為に」

 

『という訳で、俺のほうは大丈夫だから皆安心してくれ』

やや明るめの声は、クルーに安心感を与えるためなのだろうか。
しかし相変わらずその格好と声にはギャップが存在していた。

漆黒のバイザーとマントを纏うという良く言えば威圧感のある、悪く言えばコスプレまがいの妙な格好。
だがそこから発せられる声は、ごく普通の、強いて言えばお人好しのイメージが湧きそうな青年のものだった。

彼の名はテンカワ・アキト。
つい先日、火星で生き別れたナデシコの大切なクルーの姿がそこにはあった。
あの絶対的絶望しか存在しなかった火星で、アキトは無事に生き延びている。
火星の戦闘において、絶体絶命的な場面は何度かあったものの、それらは全て凌いでこれた。
それはアキトの神がかり的とも言える戦闘能力と、ナデシコの存在があったからこその話だ。
そう、いくら「神がかり的」な戦闘能力を有していても、アキトとて人の身だ。
ナデシコという基地が無くなれば、いずれ継戦能力を失ってしまうだろう。
しかしアキトは生きていた。
今まで通りの姿を、ナデシコクルーの前に晒していた。

――ただし、ウィンドウ越しで。

『これを皆が観るとしたら……多分俺と分かれてから8ヶ月後くらいかな。
 恐らく地球の状況が出発した時とかなり違うと思うけど、新しい艦長の下で混乱しないで頑張って欲しい。
 それじゃ皆、元気でね』

それで動画の再生は終わった。

「という訳で、テンカワ君はしばし里帰りってトコかなぁ」

ウィンドウの横に立っていた黒髪ロンゲの男が楽しそうに言い放つ。
本当なら里帰りどころの話ではないのだが、アキトの場合、今の映像を見てわかるようにどこか緊迫感を感じられないので本当に里帰りをしていそうだ。
まあ実際のところ、現在火星にある戦力では到底アキトを倒すことなど不可能なのだが。
それ以前に、既にアキトはイネスと難民保護の為に故郷であるユートピアコロニーに訪れてたりするのだが。
さらにもっと言うと、実はアキトは既に火星圏を離脱してたりするのだが、それは現在関係ないので割愛しよう。

「で、オメェは……えーっと……?」

「おっと、自己紹介が遅れたね。まあ先日の月攻略戦の時にも会ってるんだけど、もう一度しておこうか。
 僕の名前はアカツキ・ナガレ、コスモスから来た男さ」

「あ、あの時新型のエステちゃんに乗ってた人だね!」

「でもよぉ、なんでコスモスに乗ってたヤツがナデシコに来るんだ?」

「ナガレだけに、流された……」

「イズミ君……キミ、中々怖いこと言うねぇ……」

「おいイズミ、それじゃナデシコが左遷先みたいじゃねーか!」

「あら、ごめんなさいね」

「まぁまぁ皆さん落ち着いてください。新しいお仲間が増えたことは喜ばしいことですが、まだもう一人紹介が残ってますので」

学校の先生よろしく、プロスがその場を収める。

「センセー……じゃなかった、プロスさん、もう一人って誰のことですか?」

「ほらメグちゃん、さっきアキト君が言ってたじゃない。ね、ルリルリ?」

「はい、ナデシコの新しい艦長さんです」

「という訳で、入って下さい」

プロスに呼ばれて会議室に入ってきたのは、一人の男だった。

「えーっと……ども、新任艦長の南雲時継です。皆さんよろしくお願いします」

「彼はアキト君の紹介でこのナデシコにやって来たそうよ。
 この報告書によると、戦闘関連は基本的にアキト君が手解きをしたそうだけど……」

「ええ、CQCからエステの操縦技術、戦闘指揮など色々とね」

「てことは、期待しても良いんだな?」

「はい! ……と言いたいんですけど、実は皆さんに比べてまだ実戦経験が少ないんですよね」

「ちなみに、初めて実戦に出たのはいつ頃?」

「えーっとですね……皆さんが火星で消息を絶った後のことだから……だいたい7ヶ月くらい前ですね。
 先日の第4次月攻略戦が初めて参加した大規模作戦になります」

「なんだ、アタシたちとそんなに変わらないんだね」

「まあオレたちゃ元々軍からナデシコに鞍替えした口だから、どっちかってぇとナデシコ全体の実戦経験だけどな」

「そういえばそうね。ま、とりあえず模擬戦で無敵無敗でも実戦経験皆無な人よりかはマシね」

「イズミさん、それってもしかしてスペシャルで二千回で模擬専な人ですか?」

「お、この時代でそのネタ知ってるって事は、もしかして南雲もいける口か!?」

「う〜ん……イズミちゃんが言ってるのは多分ユリカちゃんのことだと思うんだけど……」

「ああ、大丈夫ですよヒカルさん。一応イズミさんが誰の事を指したのかは把握してます。
 とりあえず何故か言っておかないといけないような……そんな気がしたんですよね」

「あ〜……それなんかわかるかも。なんていうか、宇宙の声みたいな感じだよねぇ〜」

実に嫌な声である。
まあこんな感じで新人パイロットであるアカツキ・ナガレと新人艦長である南雲時継はナデシコに歓迎された訳だ。
その後は流石ナデシコというか、やっぱりナデシコというか、ナデシコ食堂において大学のサークルの新歓よろしく大宴会が催されたのであった。
ちなみにその宴会が行われた後、ガイ、ヒカル、ウリバタケ、南雲の4人が徹夜で何かの鑑賞会を開いていたという話があるが、本編とは関係ないので割愛。

―数日後―

火星から還ってきたナデシコは、史実通りに連合軍へ出向という形で編入された。
任務内容も特に目新しいものは無い。つまり現状は前回と概ね同じ歴史を歩んでいるということになる。
まあ、あくまでそれも表面上の話だが。
裏返してみれば軍では改革派と保守派の勢力が生まれつつあったり、遥か彼方海王星付近では不可思議な現象が起こっていたりと史実では見られなかったイベントが盛り沢山なのだ。
しかしそのイベントが表に出てくるのは当分先の話。
当面は今まで通りにのんびりと任務をこなしていく日々が続きそうだというのが、ルリと南雲の認識だった。
そして現在、何のイレギュラーも無くナデシコは二つ目の任務に就いていた。

―ナデシコブリッジ―

熱い陽射し、焼ける砂浜、ここは南国のリゾート地!


「だったら良かったんだけどねぇ……」

【でも一応、南国のビーチですよね?」

誰もいないブリッジで一人呟く時継に、オモイカネが応える。

「まあ確かにそうなんだけどさ。いや確かにそうなんだけどねぇ……」

現在ナデシコはテニシアン島に停泊中だ。
まあ停泊中と言っても任務前の息抜きの為に泊まってるだけなのだが。
とりあえず、確かにリゾートとは言えないだろう。
なにせここは敵地も同然なのだから。
というか、クリムゾングループの所有地なのだから敵地なのではないだろうか……。

「そんな場所で、よくまあ皆遊べるよなぁ……」

【それがナデシコクルーの良いところですよ♪】

「ま、確かにそうなんだけどね」

【それより、良いんですか?】

「何がさ」

【艦長だって本当は遊びたいんじゃないんですか?」

「俺は別にいいかなぁ。身体動かすのは嫌いじゃないけど、正直あの陽射しはキツいわ……」

【とか何とか言って、実はここから女性クルーを盗撮するのが目的なんじゃないでしょうね?】

「オモイカネ……お前性格歪んでるなぁ……」

【と、時継さんにそれを言われるのは心外ですね……】

「俺はルリちゃんみたいなのがタイプなの! 他のクルーも美人さんだと思うけど、残念ながら守備範囲外でしたー!」

【あー! 僕のルリをそんな目で見ないでくださいよー! いくら艦長だからって許しませんよー!?」

「アフォかい! そんな目でみたらアキトに殺されるわっ!! つーか、だからこうやって大人しくお留守番してるんだってーの」

【それもそうですね。それじゃ皆さんが帰ってくるまで付き合ってください。あ、勿論「遊び相手」って意味ですからね?】

「オマエさんは擬人化してないから勘違いのしようがないでしょーに。まあ良いよ、元々俺もオマエさんと遊ぶのが目的だったからな」

【ということは、僕もお姉ちゃんたちみたいに擬人化してたら……(ガクガクブルブル)】

とまあ、こんな感じで二人が漫才(?)をやってるその眼下で、ナデシコクルーは南国の太陽を満喫しているのであった。
セイヤは相変わらず海の家を始めるし、パイロット陣は揃ってビーチバレー。ブリッジ要員は身体を焼いたり泳いだりと自由に楽しんでいる。
あ、ちなみにこの世界ではエリナはナデシコに乗艦していなかったりする。
とりあえずアカツキを監視する必要も無い上に、他に仕事が溜まっているのでそちらの消化に追われているのだ。

【それにしても艦長、随分変わりましたね】

「ん? 何が?」

【いや、口調というか態度というか……着任の時と比べてかなり砕けたというか……】

「なに、硬いほうが良かった? ここ軍艦じゃないし、フランクな感じで大丈夫だと思ったんだけどね。
 それに、あまり硬い口調だとアキトが帰って来た時にダブりそうだしさ。そういうのってあまり良くないんだよねぇ……」

【よくわかりませんけど、良いことだと思いますよ。それだけナデシコに染まってるってことですしね】

「ま、そういうオマエさんもね」

【ありがとうございます♪】

「さて……とりあえずこれでプログラムは大丈夫だと思うんだけど……」

【一応、教えて貰った通りの現象は発生すると思いますけど……何に使うんです? これ】

「それは出番が来てからのお楽しみ。まあフラグ回収みたいなもんよ」

【はあ……フラグ、ですか】

「そんなことより……見えてるな?」

【はい、5分ほど前から】

先程からずっと浮かんでいるウィンドウには、島の原生林が映し出されていた。
一見すると樹木以外は映っていないように見えるが、注意深く見ると複数の人影が映っているのが確認出来る。

「サラリーマンも大変だねぇ……あんなクソ暑い中、黒のスーツだってよ。業務体系とかさっぱり知らないけど、そんなにクリムゾンって会社は給料いいのかねぇ」

【一応、重火器の類は装備していないみたいですが……】

「斥候みたいなもんでしょ。まあとにかく、そろそろチューリップの中身が起動する頃じゃないかね」

そう言うと、コミュニケの通信ボタンを押す。

〈何かありましたか?〉

「そろそろ連中が動き出す頃なんで、引き上げてもらえる?」

〈わかりました。警戒、よろしくお願いします〉

「了〜解」


さて……と。
監視用モニターを見ると、一斉にクルーが動き出してるのがわかる。
先程から姿が見えないプロスとゴートは、恐らく既に動いているのだろう。
とりあえず、警戒はこのまま続けるとして……。

「オモイカネ、エンジン始動。主砲エネルギーチャージ開始、クルーの乗艦が終わり次第浮上出来る様によろしく」

【了解。クルーの乗艦は全て完了、ナデシコ浮上します】

「オーケー、敵の様子は?」

【先程まで居たスーツ姿の人たちは、全員プロスさんとゴートさんによって無力化されてます。
 チューリップ内に熱源反応有り……駆動音、確認しました】

「そろそろ出てくるな……。エステ隊の状況は?」

【全機体パイロットの搭乗を確認、既に全機稼動状態にあります】

「よし、通信を繋いでくれ」

エステ隊に通信を繋ぐと同時に、背後、そして階下のハッチが開く。

「遅くなりました。状況は?」

〈時継、敵の状況は?〉

「今説明するよ。とりあえず各員持ち場に就きつつ聞いてくれ。
 現在、目標のチューリップはクリムゾン製のバリア発生装置に覆われている状態にある」

〈はぁっ!? どういうことだよ!?〉

〈封印してるの……?〉

〈そんなこと、所有者に訊かないと分からないんじゃないかな〜〉

「ヒカルちゃんの言うとおり。そこにバリアがあるということは何某かの思惑があってのことだろ」

〈だぁ〜っ! 面倒だからさっさとバリアごと破壊しちまおうぜ!〉

「落ち着けガイ。下手すると色々と面倒なことになるぞ」

〈そうそう。もしかしたら、あのバリアでチューリップの活動を抑えてるのかもしれないからねぇ〉

まあそんなことは絶対にありえないのだけども。
それを今彼らに説明する時間は無いし、説明する段階でも無かった。

「そういうことですので、出来れば何もしないで調査を続けてください」

「それじゃルリルリ、アタシ達は何の為にここに来たのよ?」

「連合軍からの要請では、一応調査ということになってます」

「じゃあ、このまま見てるだけなんですか?」

「いや、破壊するよ?」

〈オイオイ、言ってることが滅茶苦茶だぞ!?〉

「勿論、こっちからは手を出さないよ。下手してバリアを壊しでもしたら、請求書が飛んできそうだからね。
 ただし、チューリップが手を出してきた場合は……」

〈あ、なるほど〉

「という訳で、エステ隊は敵を調査する振りして挑発……って、その必要無かったみたいね」

モニターを見ると、此方が仕掛けるまでも無くバリアが解かれていくのが確認出来た。
そしてバリアが全て解除されると、チューリップの先端が割れ、中から巨大なジョロが出現した。

〈散開して各個に迎撃!〉

素早いリョーコの指示に、各機から了解の応答が返ってくる。
ちなみに、エステの編成は――

リョーコ:空戦フレーム 

アカツキ:空戦フレーム 

ヒカル :陸戦フレーム

イズミ :砲戦フレーム

ガイ  :陸戦フレーム

――という構成になっている。

「それで時継君、アタシたちはどうするの?」

「んー……まあ、とりあえず現状はエステ隊に任せるということで。
 あれくらいの敵だったらエステ隊だけで何とかなるでしょ。つか何とかして貰えないと困るんだけどね」

「了〜解♪」

「ルリちゃんはオモイカネと一緒に敵のデータ収集をよろしく」

「わかりました」

「メグミちゃん、エステ隊はどんな感じ?」

「敵大型ジョロの弾幕に阻まれて中々近づき辛いみたいです」

モニターを見ると、確かにどの機体もジョロに近づけず、一定の距離を保っているようだった。
確かにその弾幕の量は凄まじいので、最初は様子を見ているだけかと思っていたのだがどうも違うらしかった。

「なるほどね。ちょっと通信繋げてもらえる?」

「わかりました。……どうぞ」

<なんだよ! こっちはミサイル避けるので精一杯だってーの!>

「あー、そのままで聴いてくれればいいから。
 とりあえず、その近くにある屋敷に被害を与えないように戦ってもらえるかな」

<はぁっ!? なんだよそりゃーよぉっ!? ――っと、危ねぇ>

「いやさ、下手に被害を与えると後で色々と問題が起きる可能性があるからさ。
 クリムゾングループってネルガルのライバル会社と言っても過言じゃないからね。
 下手に被害を出してこっちの所為にされたら、会社の評判も落ちるし、そしたら俺たちの給料も落ちちゃうでしょ?」

<だからって……よぉっ!!>

「それに…………」

そこで区切ると、南雲は視線をリョーコからエステ隊に移す。
どの機体も、途切れることなく吐き出されるミサイルの対処に追われて、大型ジョロに中々近づけないでいた。
どうやらこの大型ジョロ、正史とは違いかなり強力になっているらしい。
これも、アキトたちが歴史を変えた結果なのだろうか。

<それに……なんだよ?!>

「その程度の敵に梃子摺ってるようじゃ困るんだよね」

<な――にぃっ!? テメェ時継! 今なんつった!?>

<そうだよぉ! さっきから黙って聴いてれば好き勝手言ってくれちゃってさぁ!>

<これでも僕たち、真面目にやってるんだけどねぇ……>

<さっさと片付けたいなら援護射撃の一つでも寄越せよ!>

「――――甘ったれんなよ」

<<<<<!?>>>>>

「真面目にやってるのはわかるけどね、そのままじゃ困るんだよ。
 この程度の敵、ナデシコの援護射撃無しで片付けてくれないとさ」

「ちょ、ちょっと時継君、言いすぎじゃない?」

「いいえ、時継さんの言うとおりです」

「ルリちゃんまで……」

「君たちが火星に行く前までの敵とは違うんだ。何せ8ヶ月も時間が経ってるんだからね。
 だからこそ、そのブランクをさっさと縮めて貰いたいんだよ」

<そんな事言ったって……アキトが居ない状況で……>

「それだよ、それ。
 アキトが居ないと何も出来ないってんじゃ困るんだよ。
 君たちは単艦で火星に乗り込んで、そして無事に地球に還って来てるけどそれはアキトの力があったからに他ならない。
 ……それは理解できるよな?」

<<<<<…………>>>>>

「「…………」」

「報告書を読ませてもらったけどね、もし火星に現れた敵新型兵器が今ここに現れたらどうするつもり?
 アキトは今居ないんだよ。その状況であの敵に襲われたらどうする? アキトが帰ってくるまで敵に待ってもらう?」

<そ……それは……>

「仮にアキトが帰ってきたとしても、ユートピアコロニーでの戦闘のようにアキトが囲まれて対処に忙殺された時、ナデシコを誰が護るんだ?
 いくら強力なディストーションフィールドとグラヴィティブラストを装備してるナデシコだって、宇宙ならまだしも大気圏内では無敵じゃないし、宇宙でも囲まれれば保障の限りじゃない。
 はっきり言うと、あのレベルの敵が攻めて来た時、今の君たちの実力じゃ足手纏いだよ」

<……言ってくれるじゃねぇか>

「言うさ、自分達の命を互いに預けるんだからね。
 俺は単にアキトの代わりってだけじゃなくて、君たちを成長させる為に来たんだ。
 今後現れるであろう、強い敵に対応する為にね」

<……わぁーったよ。そこまで言われちゃ……って、言われなくてもやってやるよ……!>

<そうね、私たちも確かにアキト君に甘えていたわ>

<ああ、悔しいが時継の言うとおりだぜ……。あの時も、俺たちは何も出来ずにアキトの世話になりっぱなしだった……>

<……うん。だけど、それじゃダメなんだよね。アタシたちだって強くならないといけないよね……!>

<そういうこと。彼が帰ってきたとき、僕たちが今のままだったら確かに彼の負担になる。
 そんなのは面白くないからねぇ……。それだったら、皆で強くなってテンカワ君を驚かせるほうが面白いんじゃないかな>

「そうそう、その意気その意気。
 それじゃやる気と目標も出来たみたいだし、早いトコ敵を殲滅して、バカンスの続きと洒落込もうや」

<<<<<応っ!!!!!>>>>>

そのまま通信のウィンドウを閉じる。
これで少しはマトモになる筈だ。それにこれ以上の通信はむしろ邪魔になるだろう。
発破はかけた。後は彼らのやる気次第と言ったところだろうか……。

 


「よぉーしっ! 行くぞオメーら、反撃開始だっ!」

リョーコの合図と共に、防御に徹していたエステ隊の動きが一変する。

「アカツキはオレと一緒に敵の注意を引きつける、ついでにあの屋敷に落ちそうなミサイルの迎撃だ!
 イズミはミサイル、カノン砲を使って敵フィールドの中和に当たれ!
 ヤマダは、フィールドが消えた隙を狙って攻撃、ヒカルはそのカバーだ!」

<<<<了解!!!!!>>>>


「よっしゃあっ! 行くぜっ!!」

気合を入れ直し、IFSコネクタを通じて機体にイメージを伝達する。
リョーコの意志を受け取った機体は、迫り来るミサイルの雨に真正面から突っ込んでいく。
大型のミサイルであるなら機動性の問題から、真正面から向かえば殆どロケットランチャーと変わらなくなるので、最小限の回避運動で事足りる。
小型のミサイルは機動性があるものの、威力自体が小さいのでディストーションフィールドで弾くことが可能だ。
しかしその分フィールド出力が低下するので、その状態で大型ミサイルを喰らえばタダではすまないだろう。

「……んだよ、オレだって出来んじゃねーか」

先程までは出来なかった機動に、リョーコは自分がアキトに依存していた事実を改めて認識するのであった。

<ま、要は気の持ちようってことなのかもね>

アカツキも負けじとリョーコの機動に追随していた。
そのまま二機は大型ジョロの鼻っ面を掠めるような機動を行い、そして見事ジョロの注意を引くことに成功した。

ジョロが放つミサイルの大半がリョーコとアカツキに向かうのを確認した瞬間、イズミはトリガーを引き絞る。
まず最初にミサイルが放たれ、それがジョロのフィールドに着弾するタイミングを見計らい、120mmカノン砲の照準を合わせトリガーを引き絞る。
敵のディストーションフィールドは機体の大きさもあり出力が高いようだったが、流石に計20発ものミサイルと120mmカノン砲のコンボを耐え切ることは出来なかったようだ。

「ほらほらっ! コイツはオマケだよっ!」

フィールドの消失を見計らい、イズミは兵装を120mmカノン砲から、オプション兵装であるGAU-8Bアヴェンジャー改に切り替え、弾幕を張る。
30mmという大口径の砲口から連続して吐き出される劣化ウラン弾は、瞬く間にジョロの装甲を抉っていく。
ちなみにこのアヴェンジャー改はウリバタケ自慢のコレクションの一つなのだが、旧世紀の兵器をどうして彼が所持していたのかは謎である。

「っしゃあっ! 行くぜアマノ!」

<オッケー!!>

イズミの攻撃で体勢崩したジョロにガイとヒカルのエステが襲い掛かる。
それに対しジョロはミサイルで対抗するも、それらは尽くヒカルの狙撃によって撃ち落されていく。
やがてミサイルでの迎撃が困難と判断したのか、それとも射程圏内に入ったからなのか、迎撃がミサイルからCIWSへとシフトする。
しかしそれもイズミによる援護射撃の影響で照準が定まらないらしく、弾道はガイの機動を虚しく追うだけだった。
そのCIWSもヒカルの狙撃により徐々に無力化されていく。

「いくぜぇっ!! 必ぃ殺っ! メテオフォォォオオオオオオオルッッッ!!!!」

この技名を聞いたオモイカネが【鞭使ってないじゃないですか】とか突っ込んだとか突っ込んでないとか。
まあ本編とは関係無さそうなので無視しよう。

とにかくこのメテオフォールとかいう必殺技は見事ジョロの中枢を破壊したらしく、ジョロはその機能を停止したのであった。

「ま、こんなもんかね」

いったい最初の動きは何だったのかと思えるほど簡単に、彼らは敵を殲滅した。
やはり、「性格に難はあっても腕は一流」というのは伊達じゃなかったということだろう。

「ルリちゃん、周囲に敵影は?」

「周囲400kmに渡って敵影無し」

「了解、んじゃメグミちゃん、艦内警戒レベルを通常に戻して、エステ隊に帰還するように伝えてもらえる?」

「わかりました」

「そうだ、ついでに誰かプロスさんとゴートさんを回収するように伝えてもらえるかな」

「あ、はい。了解です」

「そういえば、あの二人姿が見えなかったわね」

「あの二人には、周囲の調査をお願いしたんだ。
 エステから見たんじゃわからない事もあるからね」

実際には調査ではなく破壊工作なのだが、それを行う上で調査活動も行っているのだから嘘ではなかった。
とりあえずミナトもメグミも、特に何も疑問に思わなかったようで、引き続き作業に戻った。
そして数分後、プロスとゴートを回収したエステ隊が帰還したところで、ナデシコは次の任務地へと向かうのであった。


―同日GMT標準時刻21:37時。ナデシコ、シミュレーションルーム―


「さて、君たちをわざわざシミュレーションルームに招集した意味は分かるかな?」

「まあ、シミュレーターを使った訓練しかないだろうねぇ」

「いや、そういう事じゃなくて。他に分かる人は?」

「オレたちを鍛えなおすんだろ?」

「はい、リョーコちゃん正解」

「確かに今日のアタシたち、ちょっと酷かったもんね」

「そういうこと。まあ8ヶ月もの技術的差があるから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね」

正史でもやはり8ヶ月という時間は大きく、月軌道にジャンプアウトしたナデシコは敵新型バッタの殲滅に結構苦労していた。
しかし今回はその比では無かった。
ナデシコが火星に向かい、脱出するまでの間に学習した木連は、無人兵器にかなりの改造を施していたのだ。
地球を出発する時のバッタと比べると、その性能差は5倍から6倍にも達する。
先程出現した大型ジョロも、正史では不完全な状態だったのが完全な状態になり、武装面も更に強化されていたのだ。
ちなみに、ナデシコのエステバリスは出航時と全く同じまま。
同じと言っても、アキトとルリ、セイヤがチューンしているのでバッタ以上の性能を誇っていたが、バッタも強化された現状では若干パワー不足なのも否めなかった。
今回の大型ジョロに対しては、出力の時点で既にかなりの差が出ていたのだ。
それで勝利したというのは、やはりパイロットとしての腕が確かだということだ。

「だけど、さっきも言ったように火星に出てきた機動兵器が相手となると、話は別だ」

「確かに……あの敵に来られるとマジでやべぇな……」

「ああ、特に最後に出てきた赤いヤツ。あれは……危険だぜ……、実際に戦ったから分かる。
 あの時、アキトとフクベ提督の援護が無けりゃ……俺はあの時確実に死んでたからな」

「あの時はアキト君が居てくれたから、皆生き残れた。だけど今、彼は居ないわ。
 ……それに8ヶ月も経ってるんだから、あの兵器も強化されているとみて間違いないわね。
 今日みたいな戦い方だと……確実にあの世逝きね」

「君たちは現時点でも連合軍最強のパイロットなのは間違いないんだけどね、まだ足りない。
 だから今日からこうやってシミュレーターで訓練することにした」

「そいつぁ助かるぜ! ……って言いたいんだけどよぉ」

「ん、どうかした?」

「時継君のエステの腕前ってまだみたことないんだよね〜」

「そういや、アカツキは見たことあんのか?」

「まあね。こうやって色々言える位の腕はあるよ」

「ま、一度やってみれば分かるわね」

「そーいうこった! んじゃ誰から行くよ?」

「僕は一応彼の戦闘を見たことあるからね、最後にやらせてもらうよ」

「んじゃ俺が最初に行くぜ!」

という訳で、最初のチャレンジャーはガイということになった。

「使用機体は自由。好きな機体を使うと良い」

〈おう! 時継はどうすんだ?〉

「ま、見てからのお楽しみってことで」

〈オーケー……準備出来たぜ!〉

「こっちも出来た。……それじゃ始めようか!」

合図と同時にシミュレーターが起動し、仮想空間を作り出していく。
場所は廃墟になった都市だった。

「さぁて……お手並み拝見と行くぜ!」

ガイが選んだのは出力の高い0Gフレームだった。
今回のシミュレーションでは、常に重力波ビームを受信しているという設定なので、エネルギー切れの心配は無い。
武装はお馴染みのイミディエットナイフとラピッドライフル、そしてグレネードランチャーという構成だ。

「どこに居やがる……?」

センサーをフル稼働させ索敵するも、どこにも見当たらない。
ECMを使用しているのかとも考えたが、それならば電子機器に何らかの影響が出ている筈なのでその線は無さそうだ。

「――――っ!?」

瓦礫が崩れる音が木霊する。
センサーの設定を最大にしていたガイは、すぐさまその方向に索敵を行う。

「音立てりゃビビって撃つとかでも思ってんのか? ……舐めんなよ」

 

 


「さて……そろそろ仕掛けるか」

コントロールスティックを握り直し、IFSコネクタにイメージを伝達する。
パイロットのイメージを受け取ったエステバリスは、重力波ユニットを稼動させ高空へと舞い上がる。
時継が選択したのは大出力の0Gフレームではなく、陸戦フレームだった。
陸戦フレームは他のフレームに比べて地味なイメージが強いが、ジェネレーターや各種装備が小型な分小回りと瞬発力が高いのだ。
空戦フレームの様に空を飛ぶことは出来ないが、その代わりに格闘戦能力が高いし、砲戦フレームのように火力は無いが汎用性が高いという訳だ。

「あそこか……っ!!」

モニターにビルを盾に警戒を行っている0Gフレームが表示される。
ガイもそれに気付いたらしく、既に回避行動に移っていた。

「遅いっ!」

推力が途切れ、自由落下を始めた機体を制御しつつガイの行動を予測。
次の瞬間に移動するであろう地点を瞬時に判断し、ラピッドライフルのトリガーを引き絞る。
その弾道は綺麗にガイを捉える。が、やはりライフル程度ではフィールドを貫通するのは不可能だった。

「やっぱ……近接格闘じゃないとなっ!」

そのまま着地、同時にナイフを抜刀しフィールドを張りつつ突撃する。

「はっ!!」

初撃、ナイフを横一文字に走らせ目標のコクピットを狙うも、同じく装備されたナイフによって弾かれる。
弾いた衝撃により互いに体勢が崩れるも、その勢いを利用し回し蹴りを放つ。

<うおっ! ……やるじゃねーかっ!!>

ガイは間一髪でそれを回避。
瞬時に体勢を立て直し反撃に転ずるも、ガイのナイフは虚空を切り裂くだけだった。
既に時継の機体はガイと距離を取り、今まさにグレネードランチャーを発射しようとしていた。
トリガーを引くと、軽い振動と共に弾頭が射出される。
避けれないと判断したガイはフィールドを展開、防御態勢に移った。

「そいつは……判断ミスだぜ……っ!」

グレネードがフィールドに着弾する寸前に、左手に装備していたラピッドライフルで弾頭と狙撃する。

<な……っ! 煙幕かよっ!?>

爆炎が煙幕の代わりとなり、ガイの視界を遮る。
その隙を逃さず、すぐさま右手に抜刀していたナイフを投擲。そのままナックルガードを展開。
ナイフを弾く音が聴こえたのと同時に、一気に間合いを詰める。

「その隙……貰ったっ!!」

懐に飛び込むと同時に打突を放ち、衝撃で浮いた機体に更に追撃を加えフィールドを中和、止めにもう一本のナイフを抜刀しコクピットを刺し穿った。

「ゲームオーバー、だな」


圧縮空気の抜ける音と同時に、シミュレーターのハッチが開放される。

「……やるじゃねぇか」

「ガイもね。聞いていたのよりずっと良い動きをしてるよ。雑な部分はちょっとまだ残ってるけど、聞いていたよりかはかなり慎重な動きになってる」

「まぁな。前みたいに突っ込んでたら、あの敵にあっという間に返り討ちだろうからな」

「ああ、良い心がけだよ。……だけど、慎重過ぎるのも問題だな。
 というか、自分の苦手とするプレイスタイルで戦うのはちょっと問題かもな」

「んー……確かに、じっと考えて動くのは苦手だけどな。でもよ、それじゃアレには勝てないだろ」

「勝てるさ」

「……本当かよ?」

「本当さ。ようするに、自分な得意なスタイルをとことん追求して極めれば良いんだよ。
 新しいスタイルを開拓するのも戦術の幅が広がって良いけど、一番手っ取り早いのはやっぱり戦い慣れたスタイルを極めることなんだよ。
 ガイにはまだまだ伸びる要素が沢山ある。あらゆる状況下に対処対応出来るのも重要だけど、伸びる所は伸び切るまで伸ばさないとな」

「なるほどな……サンキュー」

「ああ。……で、次は誰やる?」

「おーし! 今度はオレだぜ!」

「リョーコちゃんか、よろしく」


――60分後。

「――で、結局全然駄目だったと」

 

一通り全員と対戦した結果は全員が機体にダメージを与えることなく敗退。
その後は若干の休憩を挟み、今度は一対五という、どうみてもイジメにしかみえない状況での対戦を行うことになったのだ。
まあ結果は会話を見てわかるように、リョーコたちの一方的な敗北に終わったという訳だ。

「いやまさか、全員で同時に挑んでも駄目だとはねぇ……恐ろしい限りだよ」

「アキト君仕込みってのは伊達じゃなかったわね」

「そうだねー……。っていうか、一発も当てられなかったのは結構ショックかも……」

「つーかよ、陸戦フレームでなんであんな機動が出来るんだ?」

「あ、それアタシも思った! あれ絶対に陸戦フレームの動きじゃないよねー!」

「見ていた感じ、空戦フレームよりも機動性が良いように思えたわね」

「まさか時継、オメェ何か仕組んだんじゃねーだろうな?」

「いやいや、全く普通の陸戦だよ? チートなんてなーんもしてないよ」

「それにしては、ちょこまかと動いていた気がするんだけどねぇ……あれ、本当に陸戦フレーム?」

「だからそうだって。機動性が空戦より良いって言うけど、別に空飛んだりはしてないだろ?」

「そりゃあ……確かにそうだけどよぉ……」

「確かに陸戦型は空戦や0Gに比べれば、ジェネレーターや重力波ユニットが非力だけど、だからといって“とべない”訳じゃないだろ?
 まあ空戦の場合“飛ぶ”だけど、陸戦型の場合“跳ぶ”、つまりジャンプだな」

「だからって……ねえ?」

「普通の陸戦であんな動き出来るの……?」

「俺がやってた動きってのは、ゲームで言うならキャンセルに近い技だよ」

「キャンセル……?」

「ああ。エステってのはIFS、つまりイメージフィードバックシステムで動いてるだろ?
 だからコントロールスティックで機体を操縦するよりも、遥かに追随性が高い。
 それは動きを、直接機体に伝達しているからなんだ。
 通常のOSだと、まず最初にパイロットがスティックやペダルを操作して機体にそれを伝達、それをコンピューターが判断、制御して機体をコントロールするからね」

「それは何となく理解してるけどよ、直接やってるならキャンセルとかやらなくても良いんじゃねぇか?」

「そうだよね、“思った通りの動きが出来る”っていうのがIFSの売りだもん」

「その通り。だけど、結局ある程度はコンピューターが制御してるんだよ。
 それが一番顕著に現れてるのが、リミッターという存在さ」

「え、まさか時継君、リミッター外してるのかい!?」

「ああ、慣性制御の方だけだけどね」

通常、機体には二種類のリミッターがかけられている。
一つは、機体そのものにかけられているリミッター。
これは機体の損耗を抑えるための物で、これを外すと出力や反応速度が一時的に向上する。
このリミッターを外せば機体の性能は一時的ではあるものの、爆発的に向上する。
しかし連続して稼動させれば過負荷がかかり、下手をするとオーバーヒートしてジェネレーターが爆発する危険性がある。
更に、機体の限界値ギリギリの性能出すため、爆発せずともあっという間に消耗し、使い物にならなくなるのだ。

もう一つは、制御システムにかけられたリミッターだ。
いくらパイロットの思うがままに操縦出来るといっても、無茶苦茶な機動を行えばパイロットに過負荷がかかってしまう。
急激なGが身体にかかると、下手をすれば首の骨を折って死亡するケースもある。
そういった事態にならない為に、制御システムにもリミッターが組み込まれているのだ。

「リミッター外すって……それってチートって言わねぇか?」

「いやいや、別に特別機体を弄ってる訳じゃないし? 皆のエステもちゃんと外せるように設定されてるんだからチートじゃないよ。
 つまり、装備選択と同じだね。グレネードを選んだか、ミサイルを選んだかっていうのと同じだよ」

「言われてみればその通りね」

「そゆこと。で、俺はそのリミッターを切って、全部の行動をどの態勢からでもキャンセル出来るようにしたって訳だよ」

通常スラスターを用いて移動した場合、一定時間経過しないと次のスラスター入力が行われない仕組みとなっている。
急激なGでパイロットに影響を及ぼさない為の処置であるが、それをカットした場合は任意のタイミングでその操作をキャンセル出来るということだ。
先程の「キャンセル」というのはこれのことである。

「なるほどね、だからあんな急激な方向転換が出来たって訳だ」

「つーか、お前よくそれで無事でいられるな……」

「いや、こんなのは鍛えれば何ともないよ? 技自体は簡単だから、G対策さえしっかりやれば皆でも出来るようになるさ。
 というか、最低限これだけは覚えておいて欲しいってトコかな」

「でもでも、そんな急激な機動にエステちゃんが耐えられるかなぁ……」

「一応シミュレーションだと何とも無いみたいだけどよぉ……実戦で長時間使ってたら機体がダメになったとかシャレになんねーからな……」

「まあ確かに、既存の機体だと長時間の使用は危険だね」

「じゃあどうするんだ?」

「大丈夫、既に手は打ってあるよ」

「なるほどね、エステバリスのパワーアップかい?」

「そゆこと。流石にあのままじゃ不味いからね。いくらパイロットの腕が良くても、機体が付いて来れないんじゃ意味が無い。
 現在セイヤさんに頼んでエステのカスタムを行ってる最中だよ」

「パワーアップ……パワーアップか……!! くぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! 燃えるシチュエーションだぜコイツはよぉっ!!
 アニメで言うところの二代目ロボってヤツかぁ〜〜〜〜っ!?」

「……ま、気持ちは分からんでもないけどね。何か質問ある?」

「どの位で改造は終わるんだい?」

「早くて……一週間くらいかな」

「その間、エステに乗れないのね」

「そ。だから当分の間シミュレーターを使った訓練がメインになるかな」

「敵が攻めてきたら?」

「それも大丈夫。今ナデシコは横須賀基地に向かってるからね」

「てぇーことは……休暇か!?」

「まあそうなるね。久しぶりに羽を伸ばしてくると良いよ」

今朝も随分羽を伸ばしていたような気もするが、突っ込むのは止めておこう。
その後、簡単なデブリーフィング行った後は解散、自由時間ということになった。

 

「さて……後はこれでどこまで伸びるかだな」

自室に戻った俺は独り呟く。
何の因果かアルメリアの下へと導かれて、俺はこの世界にやってきた。
そこであのテンカワアキトと出逢い、そしてナデシコの教育を任された。
この世界にやってきてからもうすぐ一年が経つ。
だというのに、やっぱり実感が湧かないのは――――

「ま、考えるだけ無駄か。折角この世界に来れたんだ、もっと楽しまないと損ってもんだな」

――それに、死ぬ心配も無いしな。

それだけはありがたいことだった。
一度死んだ身とは言え、やっぱり死ぬのは怖い。
命拾いした上に死なないと来たもんだ、元の世界で出来なかったことはせめてやりたいよな……。

「……………………けど」

だけど、俺がこういう形でここに居るというのは完全なイレギュラーだ。
少なくとも、俺が知っている歴史とは違う。
それはこの世界が、他の次元から分岐した平行世界だからな訳だけど、それが一番のネックでもあった。
まあこの状況も、知っている世界から分岐した一つの世界だと考えれば……問題はないだろう。
ただ、結末は――――

「いや、それこそ考えるだけ無意味か」

ハッピーエンドにする為に、俺やアキト、ルリちゃんがいるのだから。

俺は思考を中断し、ちらりと時計を見る。
朝になれば横須賀に到着する。
そうなればナデシコが火星から帰還して以来となる久しぶりの休暇だ。
一時的とは言え艦長だから仕事はあるものの、一応休みは取れる。

「久しぶりに故郷へ帰ってみるか」

とは言っても、ここは別の世界だから知っている人間は誰も居なさそうだが。
しかしどう変化しているのか興味はあった。
他にも考え始めたら、色々と浮かび上がってくる。
それらを頭の中の予定表に組み込んでいる内に、いつしか俺の意識は薄れていくのであった。

 

 


第二話「それは、偶然で必然の出逢い」へ続く

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あとがき


あい、どうも皆さんご無沙汰しております。
この度、同人サークルでの仕事が一段落したので執筆を再開しました。
大学に入ったら更新するとか言ってたのに、一年以上も停滞して申し訳ないです;;;
言い訳すると、ようするに同人サークルでの仕事が忙しかったからです。
現在入っているサークルで製作中のゲームでシナリオを担当させて頂いてたので、ずーっとそれを書いてました。

さて、前章の最後にアキトが言っていた「新人」というのが、今回アカツキと一緒にナデシコにやってきた「南雲時継」という人物です。
ちなみに私も南雲ですが、これは私が書く物語には基本的に南雲という名の人物を登場させるということをしているのでこの名前にしました。
まあ一応ナデシコの世界にも南雲という人物は居るんですけどね。
彼が一体どの世界から何の目的で来たのかなど、詳しいことは本編で少しずつ明らかにしていこうかなと考えております。
一応この「時をかける者達」全体を通しての主人公はアキトですが、この二章ではこの時継も主人公として扱っていきます。
第二話では、その主人公に関係してくるヒロインが登場する予定ですので、お楽しみに。

まあとにかく、再び始動したこの作品、頑張って完結させる予定なのでもうしばらくお付き合いください。

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